この物語は第4話で選択式になります。

選択肢によって結末がロクセリかマシュセリに変りますので、ご注意ください。


Mash×Celes request
Breakin' through


第4話:Breakin' For...

 

 月の光が差し込む水面に、白い裸体が浮かぶ。暗闇で星々の煌きを受けて輝く金糸は、まるでもうひとつの月。静かに体を澄んだ川の深くへ沈めて、夜空に掌を向ける。
 今日の事を思い返せばただ寂寥感だけが残る事に気付いて、セリスは溜息をついた。

(どうしたの、私。マッシュが、気になる?)

 頭を振って、自分の気持ちを戒める。彼女が生きる力を貰ったのは、ロックの存在を確かめたいと願ったから。ロックにもう一度会いたいと願ったから。そこまで考えて、水面から手を上げて力を抜くように落としパシャリと大きな波紋を作った。

「じゃあ、会ってどうしたいの……」

 水面近くで震えた唇が、大きな波紋を押しのけるように小さな波紋を作り上げていく。大きな波紋はロックへの想い。だが、この小さな波紋は心の揺れ。
 ロックは、まだガストラの秘宝を追っているのだろうかと考えて、セリスは胸に楔が打ち込まれた気持ちになった。心臓の奥が突かれるように痛む。彼女が持ってる藍色と同じ色の髪をした彼女を思い出して、心が血を流しているのかもしれない。
 息をするのが辛くなって思い切り全身を川の中へ沈めれば、少しだけ吐いた息が泡になって水面へ浮かび上がる。ゆっくりそれを見詰めてから振り切るように水面へ上がれば、胸が痛くて息が上がっているのではなく、息を止めていたからという理由で息が上がっていた。
 川から白い肢体を上がらせれば、若々しい白い肌と胸元が露になる。長い白金の髪を両手でぎゅっと絞れば草むらに出来る水の染み。木の枝にかけておいたフェイスタオルで髪と体についた水滴を軽く拭き、衣服を着て整える。まだ乾ききらない髪がセリスの服の背を水分で滲ませた。
 同じく木の枝にかけておいたポーチを開けてそっと中身を出そうとすると、藍色のバンダナが零れ落ちる。土埃りを掃って元に戻そうとした時、藍色のバンダナの一部が丸く小さな染みを作るのがわかった。

「あれ……」

 前髪から零れた水分ではない事に気付いたのは数秒後。彼女は、ひどく不安定な気持ちでそのバンダナを握り、目元を覆った。

(どうして考えるたびに不安になるの)

 今この場所に存在しない彼を想っても、彼の思考を理解しようと考えても、それは意味を成さず虚しいだけ。一度離れた時に、彼の考えを理解したいと考えこんでみたが、言葉を、視線を交わさなければ理解できないという結論に辿り着いたのに、今更何を考える事があるのだろうかと彼女は泣いた。
 それすらも無意味だと、よく理解しているのに―――。

「セリスー、大丈夫かー」

 のんびりとしたマッシュの声が少し離れた場所から聞こえる。遅い彼女を心配して声を掛けたのだろう、セリスは「遅くなって、ごめんなさい今行くわ」と鼻声混じりに返事を返した。
 慌てたようにポーチバッグに必要な物を詰めて腰に装着する。剣の鞘をベルトの止め具で抑えて嵌めると、右手で彼女は目元を拭った。
 急いでセリスが焚き火の見える位置まで足を進めて、止まる。顔が赤いかもしれないと考えたが、マッシュは自分が悲しそうな顔をしている時いつも明るい笑顔で笑わせてくれていたのだ。崩壊前の一緒に居た期間は短かったが、そんな優しさをセリスも知っている。よく悲しそうなティナが励まされているのを見かけたし、憂いを秘めたカイエンの隣に座って穏やかな表情のまま無言で空を見詰めていたり。ガウが落ち込んでいれば肩車をしていた事もセリスの記憶にはまだ新しい。

(マッシュなら、大丈夫よね)

 根拠なくセリスがそう決め付けると、草の茂みが動く音に顔を上げた。穏やかな表情のマッシュに出遭って、セリスはほっと胸を撫で下ろす。

(ほらね、大丈夫)

 そう安心した瞬間、セリスはいつの間にかマッシュの逞しい腕に抱きすくめられていた。身長の高いセリスでも厚い胸板に当たる頬は、事態を把握すると共に熱くなっていく。聞こえる鼓動に少しの抵抗を試みるが、彼女の何倍もある腕に抱きすくめられて抵抗など空しいだけ。
 そして諦めた様に両手の力を下ろすと、マッシュがバンダナを握ったままだったセリスの左手首を掴んだ。

「これの、所為?」

 耳元で囁かれる音。言われている事を理解するのに数秒かけるとセリスは必死に首を振る。バンダナ自体には罪が無いのだ、ただセリスが、レイチェルを思うロックを思い出してしまっただけで―――。
 “死んだ筈の彼女を想う彼”まで思考が巡った瞬間にセリスの両目からは涙が止まらなくなっていた。ボロボロと零れる涙は自分の顎を伝ってマッシュの服に染みを作り始める。
 必死に首を振ったセリスに溜息を就いて、マッシュは優しくセリスを抱きしめなおす。頭を抱え込むように抱くと、セリスは感情を吐き出すように少しずつ嗚咽を洩らし始めた。

「だって、忘れ、られ、ない」

 ぐずり声を上げてセリスがマッシュの腕の中でそう呟く。少しだけ回る腕の強さが強くなったかと感じると、途端に肩を掴んで引き離された。驚いてマッシュを見返した瞬間、全ての楔が崩れ落ちた。
 目を伏せたマッシュの、蜂蜜色をした睫毛と精悍な鼻筋が視界の大半を占める。唇には自分の息が跳ね返る薄く柔らかな感触。

『マッシュなら大丈夫』

 崩れ去る固定概念と、理解を超える感情の昂ぶり。口付けられたまま、薄く開いたサファイアの瞳がセリスを掴んで離さない。
どんな表情がマッシュには映っているのだろうか、こんな時に限ってセリスの思考は考えるべき事と違う事を考えてしまう。
 まだ離されない重なった唇が、重ねられたまま動く。

「……忘れなくて、いいよ」

 唇を閉じたままセリスが息を飲む。見たことが無いマッシュの表情に、鼓動が余計早鐘を打つ。動いた唇の感触が、背筋をぞくりと震わせる。
 一番安心だと思っていたマッシュからの初めてで誰よりも判りやすいアプローチ。そしてそれ以上を求める事無く、彼は自分の体からセリスを引き離して真っ直ぐに見詰めた。

「俺は、セリスの事が好きだから、そんな顔させていたくない」

 茫然と聴くセリスの目には少しだけ頬の赤いマッシュの顔。視線を逸らしたくても逸らせない程には彼の瞳に捉えられている。
 マッシュも、セリスをじっと見据えて言葉を待つ。どうにかはぐらかしたくてセリスは思考を回転させるが、上手く言葉が選べない。

「……好きって、」
「そのままの意味だよ。前からずっと、セリスの事を見てた」

 家族愛とか仲間としてなんて言葉ではもう収集が着かない。セリスの逃げを選ぼうとした言葉を跳ね除けるように、マッシュは自分の想いを告白している。
 真っ直ぐすぎる彼に、なんと返せばいいのだろうか。悩むにもこの状況が彼女の唇を上手く動かしてくれない。

(前から?いつから?)

「ロックの事、好きなのは知ってるよ。でも、もうそんな顔させてるのが嫌だ」

(ロックには、こんな風に言われた事なんて)

 マッシュの実直な言葉に、セリスはロックからこんな言葉を言われた事があるか思い巡らしてみた。先ほどまでロックを想って涙を流していたのが嘘のように愕然とした表情でセリスは固まる。唇が震えて、上手く思考が働かない。その思考を遮るように、マッシュはもう一度バンダナを握り締める彼女の左手を自分の広くて大きな両に優しく包んだ。

「最初で、最後。断られたら二度と言わない」
「忘れなくてもいい。セリス、俺の、恋人になって―――」



―――そうしたら、俺がその寂しさを消してあげるのに。


choose me?

(感情に抗うなよ、その足を止めんな)

(現状に従うなよ、その両手挙げんな)