「××××、××。」

[ First Ending for "The world where you alone do not exist." ]

第6話



 

『もうひとつは、生命力を僅かながら擬似魔力変換して魔導回路に送り続ける可能性です』

 この場合、一気に生命力が擬似魔力変換されれば、魔導回路が転移を繰り返し新しい器官を創造して魔力とは違う「新しい魔法」の源になるかもしれないという。魔力で対抗する事が出来ないこの世界で、生命力を擬似魔力化して女神になる事があれば、他の人間の生命力を吸い取り続ける異形以上の者になる、そんな可能性。

 

××××、×界。
[全てが、繋がる。]

 

 



 鈍い銀色の天井。急増された施設は剥き出しの機械と油の匂いが酷かった。簡易ベッドに広げられる真新しいシーツと、セリスを治療した時の旧型魔導ポッド。蒼い光りを放ち続ける魔剣を浮かべた旧型魔導ポッドは中にある液体を蒼く染めている。そこらに転がる医療器具を見て、まるで野戦病院だとロックは自嘲した。
 数ヶ月前に話した研究員と医師が防護服の上から医療用手袋を嵌めてロックに向き直る。

「この数ヶ月、時間をいただいた事で充分ではありませんが用意は出来ました。もう一度、確認しますか?」
「いや、いいよ」

 ゆっくりと頭を振るロックに、ベクタ魔導研究所員は視線を落とした。「手術、準備完了です」研究員の助手が発する言葉が遠く聞こえる。
 目を閉じて、ロックは思い出す。彼が最後に選んだ選択肢を。

『ひとつは、魔力の枯渇で魔導回路が通常細胞と血管を侵食して始まる、異形化』
―――これは単純に幻獣としての回路を探した魔導回路が、人間の体内構造に融合しきれず魔物に似た異形化を始める可能性。彼女の意思は残らず、異形として侵食されきるのだという。

『もうひとつは、生命力を僅かながら擬似魔力変換して魔導回路に送り続ける可能性です』
―――此方は、彼女が意思を残して生き続けられる可能性。ただ、自分の生命力を擬似魔力化し続ければ彼女の命はあと半年も持たない。

 麻酔を投薬準備する麻酔医を横目に、執刀医がロックに話しかける。その瞳は、今まで話した中で一番軍医らしい輝きを持って真っ直ぐロックの瞳を突き刺した。
 ロックも、とうに決意を固めている。セリスが本当の事を聞けば反対するのが解っていて、彼は彼女にこの話を黙ったまま進めたのだ。

「もし、セリスさんの擬似魔力変換が暴走するようになれば、解っていますね」
「俺の生命力が、一気に擬似魔力変換されたら、セリスが新しい“女神”になる可能性があるっていうんだろ」

 それについてはもう事後処理を考慮済みだ、とロックが言う姿を見て、研究員はわかりまりたと返すのみ。麻酔医がロックの腕に注射針を刺す準備を始めて声をかける。
 計器類がカタカタと鳴るのが耳に障る。麻酔医はカウントダウンを始めて、ロックの視界で少し医療用手袋を付けた手を振る。

「フォー……、ファイブ、シックス、……セブン……。被験者、落ちました」

 

 


***********



 すうかげつまえの、ゆめをみた。

『生命力を、現状で他人から与えるのは可能なのか』

 ロックの問いは、研究員を迷わせる。資金と時間があれば準備出来ない事もないと自嘲気味に言った研究員は、その結果が世界崩壊を齎すケフカを人造したシドの選択に似ているかもしれないと、ロックの言葉を反芻した。
 研究員は少し悩んだ挙句、いくつかの症例から選んだカルテを見せる。軍医に代わった魔導アーマーに回復波動を持たせる時にした人体実験結果のカルテを数枚見せて、指を差しながら説明を始めた。

『魔導アーマーに回復波動機能を持たせる前の話です。軍医を前線に出さず現場で回復が出来ればと兵士に回復用魔導回路を持たせる人体実験を繰り返しておりました』

 これはその失敗例です、と見せられたカルテは予想よりも上回るカルテ量だった。ガストラ皇帝が軍兵を人間扱いしていなかったのだと解る人数。
 エドガーが憎むような目でカルテを睨みつけてて、「これは、何時処分するつもりなんだ」と問い、セッツァーは「博打に負けた奴には興味ねぇぞ」と話を促そうとする。
 医師が二人を宥めるように『これは私達の罪の数です。私達が死ぬ時まで背負わなければならない、ね』と執刀用のメスにも似た眼光で言えば、セッツァーは舌打ちをして黙る。エドガーは負けじと王の威厳をもって見据えたまま暫くの無言が去来する。
 全く表情を変えないロックが「続けて」と促して沈黙を破ると、研究員はカルテの中から一枚の書類を取り出して両肘をテーブルに置いて手を組むロックの前に差し出す。

『魔導回路や幻獣の魔力に頼らず、魔導回路を扱う者の半身となるべく製造された生命力維持用人造魔導師です』

 これはお望みどおり、自分の生命力を相手に注ぎ込んでしまう失敗作ですよ、と言葉にした研究員の価値観はもう既に他の人間とは異なる価値観で生きる事を選択された哀れな人間に思える。その言葉が受け付けないといった表情でエドガーがギリ、と睨むが研究員は「私も、失敗作の一人ですよ」と研究服を捲って機械を身体に埋め込んだ腹を見せる。
 腹の半分を機械に覆われている姿は、他のどんな魔物より気持ちが悪いとセッツァーが吐き捨てる。
 よく見れば、そのカルテには説明をする医師の名前が刻まれている。ロックが無言でその被験者名を指差せば、腹をしまう研究員の隣で皺深い医師が軽く自嘲した。

『自分で生命力を明け渡す量を調節できますからね』

 すぐに死ぬ事はありませんよ、と呟く医師に、研究員は言葉を重ねる。擬似魔力変換してセリスに生命力を明け渡す場合、セリスの魔封剣を使用すれば簡単に渡せるが、何処まででも吸収する彼女の魔封剣では一気に生命力を吸い尽くされて女神に変貌を遂げる可能性がある。
 そこで、と研究員はロックたちから預かったアルテマウェポンを返却いたしますとテーブルの上に乗せた。

『この魔剣の力を借りれば、自分の意思で体力変換が可能になると思います』

 自らの生命力を強さに変える魔剣、アルテマウェポン。古代の遺産であり、魔法を介す事無く生命力と強さを比例させる魔力のない世界に残された魔剣。
 このアルテマウェポンを解体して身体に埋め込みこの医師と同じ措置を取れば、ロックの言葉は現実に可能だと研究員は言うのだ。

**********

 白い天井が見える。もう“最後の実験”は終わったのかと自分の片手を天井に掲げて指先を確かめる。
 何も変わった様子がない自分の指先を下ろして身体を触り確かめる。別段代わった様子がない事を確認して、彼はまた眠りに落ちた。