「××××、××。」

[ First Ending for "The world where you alone do not exist." ]

第1話



 

「今日も快晴、お洗濯日和ね」

 仕事で家を空ける恋人を待って、セリスは家事をする。
 2人のベッドを彩るシーツ、
 2人で選んだカーテン。
 ゆっくりと、蝕み始める時間という架せられた十字架。

 

 

き×××、××。
[The world where you alone do not exist]

 



 ケフカを倒してから3年が経った今、彼女はモブリズの片隅に家を建て、恋人と棲んでいる。彼の生まれ育った村ならばコーリンゲン、セリスの育った場所ならばベクタという選択肢もあったが、実はロックの強い希望でモブリズに住む事になっていた。

「心配性のわりに、帰ってくるのは遅いんだから」

 モブリズは今日も天気がよく、海が近いが温暖な平野部に有るため風通しもいい。少しだけ塩害に眉をしかめる事もあったが、少しずつ伸び行く緑を見ているだけで、セリスの心は洗われるようだった。
 モブリズにしたのは、他でもない仲間が居る場所で温暖な地域を選んだからである。ティナやカタリーナと同年代のセリスは、なかなか難しい家事を毎日みんなと悩んで、解決して、笑って過ごすこの環境に慣れ始めていた。

「今日も、お日様が昇りきる前に終わらせないと」

 手早く洗濯を終わらせて、子供達のいる家に行き、今日もみんなで昼食にするのだ。旅で慣れた野営に近い料理も、時間を掛けられるのでレパートリーが増えた。こんな料理が出来ると知ったら、彼は喜ぶだろうかと昨日の夕食を思い浮かべて、セリスは思わず笑みがこぼれる。
 発端は、一年前。ロックと2人で旅をしたり復興に明け暮れていたある日の事。セリスが高熱を出して動けなくなった日があった。
 町医者に見て貰ったが連日の高熱は治らず、ベクタに連れて行かれた事を覚えている。ベクタは、他の全滅戦にあった国や裁きの光にあった国とは違い、復興も早く医療機器が揃っていたのが理由だった。
 体調を崩したのは初めてだったが、今更になって世界を平和にした実感が気の緩みとなって出たのだろう、と心配しながらも駆けつけた仲間達が笑っていたのを覚えている。
 その日を境に、ロックは何時になく真剣な表情で、セリスにこう言った。

『俺、さ。落ち着いてセリスと暮らせる家が欲しいんだ』

 いつかは落ち着きたいと思っていたと吐露されたロックの言葉に、セリスは少しの不安を感じ取った。セリスが「どうして?」と訊ねれば「……頼む」と頭を下げられてしまう。小さく掠れて危うく消えそうな呟きは、「もう、なくしたくないんだ」と聴こえた。

「本当に、心配性なんだから」

 私はこんなに元気なのに、あの人と重ねるなんてね、と心で呟く。けれど、シドを亡くした今のセリスには、その気持ちが解らないでもない。
 シドが身体をベッドに沈めたまま、言葉を亡骸にした時に――あの時に感じた“世界の全てから置いて行かれたような錯覚”は、数年経った今でも自分の心にある感情の海を涸れさせる。この想いは消えないと、彼女は知っているのだ。部屋中に散らばった思い出の言葉達がひび割れた氷のようにバラバラと落ちて亡骸になったあの瞬間を、身体中にある臓腑が凍り付くあの絶望を、彼もまた抱えているのだと考えると、セリスが旅を止めるべく声帯を千切るように吐き出された言葉を拒否出来る筈も無かった。

「厭ね、また少し眠くなってきたわ。運動不足かしら」

 最近、日が落ちるにつれて眠気が増してくる自分の身体を覚まさせるように、セリスは思い切って背伸びをする。
 ロックが戻って来るのは明日か明後日か。きっとそう遠くはないと考えて、セリスは待つ事の楽しみを生まれて初めて理解しだしていた。