Mash×Celes request
Breakin' through


第5話:戻れやしない、過去に別れをつげろ

[Mash x Celes root]

 

「忘れなくても、いいの……?」

 零れた本音が、マッシュの瞳に驚きを齎す。震えた唇から零れた弱音は、彼女が剣のように生きてきた土壌を崩すものだった。
 白く長い右指先で、セリスの左手を包んだマッシュの両手に重ねる。彼女の心はとうに哀しみの土砂降りで決壊寸前なのだ。だが、誰でもいいから頼りたかったわけではない。

「私、忘れなくてもいいの……?」

 繰り返した言葉と共に零れ落ちる涙。セリスの額が、重なった両手に当てられる。数秒間そうしてから、セリスがマッシュの胸へ飛び込んで泣いた。藍色のバンダナが、力をなくしたセリスの掌から零れ落ちる。
 マッシュが手を離してセリスの背を優しく抱くと、戸惑ったようにセリスを見下ろす。

「えっと、それは」
「いいよ」

 今度は、マッシュの言葉を遮るセリスの言葉にマッシュが驚く番だった。胸に埋められた顔を上げて、上目遣いにセリスがマッシュのサファイアを捉える。

「私を、マッシュの持ち物にして、いいよ」

 広がる驚愕から、純粋な歓喜に彼の表情が変わる。セリスを自分から引き離してマッシュは一瞬背を丸め込む。額に掌を当てて下げた頭からマッシュがセリスを覗き込めば、セリスの顔が泣いたまま微笑んでいる。
 「なんつー事を…」と呟きながら、頭を抱え込んだマッシュの顔にセリスが両手を添える。そっと重ねられた唇。それはすぐに離されて、微笑んだ彼女が「おあいこね」と呟いた。
 みるみる内に破顔するマッシュが「夢じゃないよな」と確認するので、セリスは頷いて今度は自分からマッシュを抱きしめた。
 マッシュもぎゅっと抱きしめ返すと、2人は眸を合わせて笑う。照れたように2人が笑い合うと、今度は心が重なるようにお互いの眸を伏せて口付けた。口付けたままセリスがマッシュの名を呼ぶ。

「マッシュ……」

「……レネ」

 窘める様に正された言葉は聴いた事が無いほど低く、甘い。半分開いた瞳で「え」と上手く呟けずに半音で訊ねると、薄く開けたマッシュの瞳が、半分下がった瞼の奥からセリスを覗き込んだ。薄く開かれたマッシュの瞳に心拍数が今までより跳ね上がる。

「……マシアス=レネ・フィガロ。棄てた名前だけど」

―――セリスだけ、そう呼んで

 唇の奥に呟かれた名前を飲み込めば、マッシュの舌がゆっくりとセリスの小さくやわらかな唇をなぞっていく。なぞられたまま、うわ言の様に彼の名を呼べば「よく出来ました」と頭を撫でられ、舌を唇の隙間から挿し入れられた。
 舌と舌が絡み合う時に口の端から漏れた唾液の音が、余計に興奮を煽り立てる。舌をマッシュが引き抜けば、お互いから伝う銀色の雫が糸のように絡み付いていた。 
 上気して蕩けた瞳のセリスを、マッシュが自分の胸に押し当てて、もう一度抱きしめる。セリスの後ろ髪を掴むように撫でる仕草がセリスの首筋から伝わって、呼吸が上手く出来ない。
 縋るようにマッシュの胸に手を当てて抱きしめられていると、耳元で優しく囁かれた。

「今日はここまで」
「……どうして?」

 彼の鎖骨を指先で掴んで、懇願するような瞳のセリスがマッシュを見上げると、マッシュは穏やかに首を振ってセリスに微笑む。こんな淫靡な口付けの後で、どうして彼はこんなにも穏やかに笑うことが出来るのだろうかと不安になって尋ねれば、マッシュはセリスの額に優しくキスを落とした。

「恋人なら、いつでも出来るよ」

 明確に示された立ち位置に、セリスの顔が耳まで赤くなる。今まで、示された事の無い立ち位置にようやくセリスが我に還り始めた。体を引き離そうとするセリスをわざともう一度抱きしめて、マッシュは彼女の頭を撫でる。

「俺だって、男だからしたいですよ? でもさ、俺にはそれ以上にセリスの気持ちが大事なの。だから、勢いとかじゃなくて」

 低く甘く、それでいて真剣に。マッシュはセリス告げる。抱きしめた体を離して彼はまたセリスに微笑んだ。

「ちゃんと確かめて、理解して。それからでも遅くないだろ」

 落とした彼女の持つ藍色のバンダナを拾い上げてマッシュがセリスに渡す。穏やかに微笑んだ彼から受け取ったバンダナを握り締めて、セリスは涙を滲ませて微笑みを返した。どこまでも優しいこの人は、きっと誰かを裏切る事など無縁の人間だろう。彼女が癒されるまでずっと待つつもりなのだ。
 セリスが、バンダナを握ったままマッシュの腕の中へ飛び込んで涙を零す。
 今度は哀しみではなく、支えあえる事の喜びに―――。

Fin