SPiCa
[Edgar x Rilm's Xmas]
第4話~第6話
第4話:響き出す譜面は彼方
女神を讃える讃美歌が街の中を彩るジドールの中流階級の広場。クリスマスに彩られた街並みは、イルミネーションに彩られて幸せな世界を、幸せな時間を、緩やかに引き伸ばす。
この世界が永遠であるように幻惑させる光と雪のコラボレーションは、恋人たちを、家族たちを幸せな世界に引き込んでいた。
「ねぇ、ドレスでおかしくない?」
街並みを連れられて歩く少女を立ち止まって見返して、「クリスマスにドレスを着ている女性は綺麗に見えるよ」と微笑み返されれば悪い気もしない。
近くの服飾店でドレスに合わせた白のケープと外套を選び、リルムに着せると、エドガーは「よくお似合いですよ、お姫様」と笑った。その言葉に不服だったのか、リルムは頬を膨らませて「当たり前でしょ、リルム様なんだから」と答えを返す。
(どー考えても、子供扱いされてる)
恋人や恋愛対象なら“綺麗だよ”と言って貰えるのだろうかと考えながら、今度はリルムがエドガーの外套を見立てる。
どんなのが好みかをリルムがエドガーに訊けば「ミドルコートがいいね」と言うので、裏地が白と濃紺のストライプで彩られた黒のミドルコートを選ぶ事にした。
「ロングコートの方が断然似合うと思うんだけど」
「いや、これでいいんだよ」
早速それを購入すると、そのまま外套を着て二人は活気づく街並みへと足を運ぶ。街中でサンタの格好をしたジンジャークッキーの出店や、綺麗なイルミネーションを見て回る。
ケフカ討伐後三年経ったジドールの土地では、クリスマスや季節のイベントを貴族のスポンサーを付けて開催する事で、観光収入を得る事に成功していた。その甲斐あってか、今年のクリスマスも随分と観光客が多い。
「ジドールのイベントで、街中に七つのツリーがあるんだってさ。前に観光ガイドみたいな人がアウザーのおっさんと話してたから、見に行きたい」
「仰せの儘に、お姫様」
「やめてよ、それ子供っぽい」
(もう、お姫様になりたかった頃とは違うんだから)
彼女はもう辿るべき遠い道を見据えた絵画の世界に生きることを決めた挑戦者なのだ。もう、ケフカ討伐時のような幼いお姫様に憧れた少女ではない。
お姫様、と呼ばれることが子ども扱いされているような気がして、彼女は不機嫌を隠そうとしなかった。
「そうだね、失礼したよレディ・アローニィ。それとも、レディ・リルムの方がいいかい」
「リルム様はリルムでいいっての」
「今日のレディは誰が見ても一国の王女か淑女にしかみえないからね、失礼かと思ったのさ」
「そういうことなら、別にいいけど」
機嫌が直ったようで、口をとがらせてはいるものの、リルムの表情が随分和らいでいる。エドガーも、腰軽く手を当ててリルムの腕をエスコートすると、エドガーと身長差を履きなれないヒールで埋めたリルムが体を少し離しながら腕を組ませた。
一本目のクリスマスツリーを見つけて、二人は次の場所について露店で購入したガイドマップに目を通す。探索している間は、まるで旅をしている時に戻ったようで、楽しい時間が流れていく。
三本目のツリーを見つけてリルムが喜んでいると、エドガーが一瞬視線をどこかに移して誰かを見ているようだった。
「何見てんの?」
「いや、知り合いを見かけたような気がしたんだが、気のせいだったみたいだよ」
「ふーん」
どうせ違う綺麗な女性にでも見とれていたのだろうと思うと、また悔しくなって誰を見ていたのか先程エドガーが向けた視線の方向へリルムも顔を向ける。だが、そこには様々なカップルしか見つけられずにどの女性かを判断するには難しかった。
そうやって辺りを見渡していると、エドガーが苦笑してリルムの頭を上から首筋まで優しく髪だけを撫でるように触れる。
「私が目移りしていたのが気に入らなかったかな」
「べ、別にそんなことないもん」
ムキになって彼女はエドガーへ反論を始めると、エドガーがにこにことまた笑う。
(今日、ずっと笑いすぎなんだよ、なんなの、もう!)
優しく撫でられたことに胸が高鳴った事を、リルムは自分に気付かせないようにエドガーへ抵抗して、四本目のツリーへと歩き始めた。
ツリーとツリーの星を繋ぐように歩く星間飛行。
我儘な星座はパノラマの風景を二人で駆け巡る―――。
第5話:星間重力理論
理論的にツリーの場所を選んでいくエドガーと、直感的に「次はここ!絶対ココ!」と選んでいくリルム。
合わないように見えて、5本目のツリーを探すときに二人がマップの行く先を同じ場所へ指示したら、指を重ねて二人が笑い合う。
「気が合うじゃん」
「5本目は、スピカだからね。もし意見が違っていたとしても私はリルムの意見に従うつもりだったよ」
「……スピカ?」
乙女座にある星の名前を出されて、リルムが首をかしげる。乙女座が生まれ月のリルムはスピカが乙女座にある星座である事くらいは理解している。
だが、それと五本目のツリーの関係性までは読み切れずに彼女はエドガーの顔色を窺った。
「スピカはね、連星と呼ばれる二重星を伴う四重分光連星の主星と伴星からなる五重連星だ。お互いの星が引力で引き合って軌道を描いている五つ目のツリー、まるでスピカだろう?」
「お互いの星が、引力で引き合って軌道を描く…」
リルムにとって、エドガーに星の話を教えて貰ったのはこれが初めてではない。砂漠の夜空はよく星が見えるらしく、星座の逸話をいつも教えて貰っていた。
五重連星という言葉は、彼女に初めて聞く言葉だ。だが、頭の回転が速いリルムは、それが五つの星が連なる星だという事と、五つ目のツリーに引き寄せられて行動しているエドガーとリルムの軌道を掛け合わせて洒落たものなのだという事を理解する。
「じゃあ、五つ目のツリーはリルム様のツリーって事ね」
彼女の答えに満足して、エドガーが目を細めて頷く。エドガーはリルムのこういう思考回転の良さを好ましく思っているようで、こんな時は決まって裏表のない優しい微笑みを見せるのだ。
(いつも、なんか裏がありそーな笑顔の癖にさ)
この表情をされると弱い、とリルムは照れた頬を隠すようにエドガーを五本目のツリーがありそうな場所へ促す。足の長さが大きく違うエドガーは少し早歩きに大股で歩きだしたリルムの歩幅に合わせて、それから元のリルムの歩幅へ合わせる様ゆっくり速度を落とした。
リルムがこの事に気づいたのは最近の事だ。最初は当たり前だと思って居た歩幅も。彼女が歩くヒールを気遣って、痛めない程度の速度に歩幅を合わせてくれている。
(女性慣れしすぎだけど、実際ラクなんだよね)
五本目のツリーに近づいた時、リルムが見慣れた誰かを見つけたような気がして声をあげた。
「あれ」
何かに気づいて、リルムがエドガーの腕を軽く小突く。リルムの視線の先を追って、エドガーも何かに気づいたようだった。
周囲を必死に見まわして、息を切らせている見慣れた青年の姿。藍色のジャケットと象徴的な柄物のバンダナを頭に巻き付けて、手にはプレゼントの包み――その抜け殻らしき何かを握っている。
「ねぇ、色男。あれロックじゃない?」
「あんなにクリスマスの街を無粋に全力疾走しているのは、間違いなく私の親友だね」
組んでいた腕を外して、リルムがロックへ大きく手を振る。ロックもそれに気付いて息を切らせたまま走り寄ると、彼らの前で膝に手をついて上がる呼吸を抑えた。
一人腕を組んで、エドガーがロックに言葉をかける前に、リルムが口を開く。
「どしたの、ドロボー」
「いや、……あのさ。セリス、見なかったか」
状況だけを見ればはぐれたのだろうかと想像できるが、実際は少し違う。その様子を理解したように、エドガーが「三本目のツリーで見たね。一人で寂しそうだったよ」と答えを返した。
「え、セリス見たの?」
驚いたのはロックよりもリルムだ。三本目のツリーで知っている人を見たとエドガーが言っていたが、まさか自分たちの仲間だと思って居なかったのである。
(セリスだってわかってたなら、何で話しかけなかったの?)
飛び出そうになる言葉を飲み込んで、リルムはマップ片手に「七本目のツリー周辺を探せば見つかるだろう」と話し合う二人を見詰める。
ぐるぐる回る、ぐるぐるまわる、思考回路。
「邪魔したよ、ありがとな!」
そう大声を出しながら片手をあげたロックがまた全速力で脇目も振らずに走り始める。「忙しい男だな」とエドガーがため息を就くと、リルムを振り返って彼は首をかしげる。
「待たせたね……どうかしたかい」
「いや、ほらさ。セリス見かけたなら、なんで話しかけなかったのかと思って」
「ああ」
軽く頷くと、彼は「そこで待っていてくれるかな」と言い残して近くのベンチを指し示す。不思議に想いながらも素直にリルムがベンチで五本目のツリーを見上げた。
(話しかけなかった理由が、あたしと居たから?)
五本目のツリーの上で輝く星が、彼はスピカだと言った。それが誰にも言う言葉のひとつなのだろうかと考えながら負のスパイラルに落ち込んでいく。
(あたしが、星座通りスピカみたいに光ってたら、違うのかな)
―――そうしたら、星座の引き合う力で彼を引きとめられたのかもしれないのに、と。
第6話:物語を飛び越えるSPICA
帰ってきたエドガーに表情無く静かに「おかえり」と告げたリルムを見て、彼は「待たせてすまない」と素直に頭を下げた。
(こうして、あの国王さまの頭を下げさせるのはあたしだけかもな)
ふと、可笑しくなってくすくす笑うリルムの目前に暖かなカップスープが差し出される。湯気で良く見えないが、赤の色味が強い事からミネストローネか何かだろうとリルムは判断した。
エドガーが隣に腰を下ろすと、互いに一口直接紙のカップからスープを啜って唇から白い息を湯気に混じらせる。湯気を冷まそうと更に白い息を湯気へ混ぜると、リルムがスープカップの中を見詰めながらつぶやいた。
「あったかいね」
「レディのはミネストローネ、私のはクラムチャウダーだよ」
「あたし、そっちが良かった」
「じゃあ取り替えようか?」
すっと何の問題もなくリルムの両手から奪われたミネストローネのカップは、エドガーが口を付けたクラムチャウダーのカップへすり替えられる。
リルムは子供の頃に仲間たちと何の食べ物を共有していても気にならなかったのに、今この時間だけは何故かエドガーの口を付けたカップに口を付けることを躊躇っていた。
(いままでだって、よくやってたのに)
その記憶が三年も前の事なら確かに違う自分の価値観で抵抗があるのだろう。躊躇う彼女を余所に、エドガーがミネストローネに口を付けた。
「こうしていると、どう見えると思う」
急に話しかけられて、リルムは言葉に詰まる。先程のセリスの事が頭にちらついて離れないのだ。
もし、二人でいる所を見られるのが嫌で話しかけなかったのだとしたら。そう考えると彼女は思考が停止してしまうのだ。
(純粋に、仲間として喜ばせたくて連れまわして貰ったのに、あたしだけ浮かれてて。…なんか、あたし嫌な子だ)
「私がこの状況を見れば可愛い恋人とのデートに見えるかな」
「えっ」
思考を断じられるようにエドガーの一言がリルムを振り向かせる。エメラルドの瞳が大きく見開かれて、湯気で上気した頬が赤みを走らせた。
彼の言葉が上手く噛み砕けなくて、リルムは混乱する。
「さっき、なぜセリスに話しかけなかったと訊いたね。誰かとデートしている時に彼氏に異性へ話しかけられたいとは思わないだろう?」
「……まさか、それが答えなの」
「変だと思うかい?」
スープカップに視線を移して、リルムが肩を小刻みに震わせる。心配そうに覗き込むエドガーの影がスープカップに映りこんで、リルムは更に肩を震わせた。
「……ぷっ、あ、あはははっ!バッカじゃないの!」
「……笑われるとは思わなかったよ」
端正な顔を憮然とさせたエドガーに、リルムが肩を叩く。笑いが止まらないといった様子で、目の端に涙を浮かべて今までの考えを全て吹き飛ばしたようだ。
最初は憮然としていたエドガーも、あまりに笑い続けるリルムに諦めて顔を緩ませる。リルムは冷めてきたクラムチャウダーをぐっと飲み干して、カップの中身を空にすると、立ち上がってエドガーへ片手を差し出した。
(なんだろ、このクラムチャウダーすごく美味しい)
「ほら、あとふたつ残ってるんだから早くいこっ!」
リルムの笑顔が、大人びたように無理に愛想笑いしているものとは違い、少女の頃のあどけない笑顔に変わる。それを見て、エドガーの双眸に宿るオアシスが軽く見開かれた。
顔を緩ませて差し出された手のひらを取ると、彼もミネストローネの中身を一気に飲み下す。唇にミネストローネの赤みが残るのを、リルムが「口紅塗ったみたい」と笑えば、スープと一緒に貰ったナプキンで口を拭って、「じゃあ、このままキスしようか」と彼が茶化した。
(今はまだ、冗談だけど)
惑星と恒星が惹かれあう引力のように、いつかはそうなる日もあるのかもしれない。
リルムの唇がスピカなのだとしたら、彼の星はどこなのだろう。そんな事を考えていると、白い雪がちらつきから大粒の雪に変わる。
「うわ、冷え込んできた」
「そう言うと思ってね」
エドガーがミドルコートを脱いでリルムの肩にふわりとかけた。彼の身長に合うロングコートなら、引きずってしまう所だが、ミドルコートであるが故にリルムにはロングコートのように扱える。
(こういうとこは計算済みなんだから)
彼のコートを引き寄せたのは万有引力の為せる業か、クリスマスの奇跡か、それが解る頃には答えも出ているだろう。
「これじゃ色男が寒いんじゃない」
「こうすれば、寒くないよ」
そっと引き寄せられた腰に回る腕。しっかり掴むでもなく優しく引き寄せられた腕から伝わる体温は、現実の引き合う力。
「ったく、ほんとキザだね、色男は」
悪戯っこのように笑うリルムに、エドガーは「それが紳士の務めだよ」と笑い返す。「美味しいもの、食べさせてくれるんでしょ」、彼女はそう笑う事も忘れずに。
聖夜はゆっくりと更けていく。
ツリーに灯した星が惹かれあうように恋人達は様々な軌道を描いて。
この関係は、まだこのままが心地良いのだと―――。
Fin