「××××、××。」

[ First Ending for "The world where you alone do not exist." ]

第3話



 

 他の研究員が、全員分の紅茶を用意する。「シド博士と、セリスさんが好んだものです」と紅茶を配る研究員の態度から、シド博士とセリスはこの研究所で本当に好感を持たれていたのだなと3人は知る。仲間ではない時の彼女に思いを馳せて、一口啜ると薔薇の香りとジャムの甘さが紅茶と一緒に広がった。

「話を続けましょうか。……世界が壊れたあの日。セリスさんは封魔壁に落ちてきました」

 

××な×、××。
[神を冒涜する者へ弓引く背信者]



 訝しげな表情のフィガロ国王は、研究員の話を片手で制して確認を取る。セリスは世界の全てから離れた孤島にシド博士と2人きりで暮らしていた、その事実は揺るぎようがないからだ。

「その場には私もおりました」

 そう研究員が話せば、信じざるを得ない。セリスは世界がケフカと三闘神によって破壊された時から、丸一年眠っていたというのだ。その間に何が起きてもおかしくはないと考え直して、エドガーは「疑り深いのは性分でね。先を伺っても?」とティーカップをソーサーに戻した。

「シド博士は、仰られていました。『現代の鬼神を生み出してしまったのは、自分だ』と……」

 ケフカが三闘神を蘇らせ、神として裁きの塔に君臨したあの日。シドと魔導研究所員の彼は、シドの一存で封魔壁へと調査に来ていた。
 調査に来た理由を問うてもシドが研究員に答える事はなかった。封魔壁の近くに建てられた小屋で魔大戦の資料を捲っていたシドは、世界が崩壊する異常魔力の雷風の中、急に窓の外を見て制止も聞かずに走り出したのだ。光を伴って、高く荒れる空から墜ちる人間の姿。それがセリスだとはセリスと長く接してきた彼ら研究員でさえ気付かなかったのに、シドはすぐに気が付いたのだという。
 後で調べて解ったのだが、彼女の持つ魔石の力と外に溢れる魔力を、セリスは体内の魔導回路へと吸収する事で無意識に防御壁を張り、光を放っていたらしい。嵐が収まった後、応急処置を施したセリスを、シドと研究員はベクタへと連れて帰った。
 彼女の、体中から発せられる光が異様だった事が印象的だったと研究員は語る。すぐに研究員達は残っていた研究所の残骸で、セリスの処置と検査が開始された。意識が戻る気配は全く無く、魔導研究で幻獣に使用していた――当時の爆破破壊を免れていた廃棄処分場にある――旧型ポッドにセリスを投入する。まるで魔導実験当時の彼女だと、研究員達は思ったという。
 思ったよりもセリスの容態が悪かった為に、検査はかなり難航した。それでも天才と呼ばれた才能に相応しい能力を持って、シドはセリスの検査を成功させたのだ。
 あの時程、鬼気迫る形相のシドを後にも先にも見たことはない、そう研究員は溜め息を就く。検査内容を見たシドは、彼にこう語った。

「儂は……ケフカを……人間成らざる者に、現代に於ける新たな鬼神を生み出してしまったのかもしれない」

 そう気付いたからこそ、それを閉じ込める術を探して封魔壁を調査していたのだと、ようやくシドは研究員達に明かした。鬼神、その言葉に魔大戦を理解していた研究員達は漸く自体を理解する。そう、今から彼が語るべき言葉の先を。

「だが、儂の犯した罪はそれだけでは無かった……」

 震える手で持つ書類に、実際年齢よりも老けて見えるシドの深い皺から涙が落ちる。力を緩めたその手から受け取った検査結果は、研究員の彼も驚くべき結果だった。

【コノ生体ヲ、幻獣ト認ム。】

 何度繰り返し見ても変わらない結果。幻獣と人間のハーフであったティナすら引き出せなかった結果が、其処に記されていた。飽くまでも、ティナは“異常魔力を有した人間”として検査結果を終了している。
 幻獣の中でもかなり高位の魔力数値。もはや魔石と同等、それ以上の魔力を、セリスは崩壊する世界で自衛の為に吸収し続けてしまったのだ。

「儂は……ワシは……。鬼神だけでなく、女神を此の世に生み出してしまった……!」

 魔神と三竦みの関係性にあったからこそ、終わりを告げた魔大戦。それが二柱になる事は、ゆっくりと終焉を迎える世界を急速に滅ぼす事となんら変わりがない。彼は、人間成らざる者を本当に生み出してしまったのだ。

「儂は、責任を取らねばならん……」

 約一年分の食料と医薬品、巨大すぎる彼女の魔力を制御する為だけに改良した魔力放出装置。それから、片道切符の燃料を積んだインペリアルエアフォース。触れただけで身体を汚染する幻獣用の毒液。それらを手に、シドはセリスと2人で姿を消した。

「もう、憶測にしか過ぎませんが……セリスさんが女神として目覚めた時、博士はセリスさんと心中するつもりだったのではないでしょうか……」

 もしかしたら、シド博士が生きていれば改善策はあったかもしれないと己が罪を懺悔するように、研究員は拳を握り締める。彼らも長い時間で罪を償ってきている事を知っていた3人は、それ以上を言及出来ないでいた。
 セリスを、どうするべきなのか。この一点に尽きるのだ。

「私達のセリスさんに対する見解は、二極化しております。選ぶのは……アナタ方にお任せしたい」

 もしこれで女神が復活するのなら、それは私達が犯した罪を償う良い機会なのかも知れない、そう彼は自嘲気味に呟いて――。