休日と言えど、ヒーローはトレーニングをかかさない。
そもそも休日があるかも怪しい職業のヒーローという正社員は、揃ってトレーニングルームに集まっていた。
「もー、タイガーってばお酒くさい」
「仕方ないわね、もう一回シャワーでも浴びてきなさいよ」
ホァンとカリーナが口々に虎徹を責め立てる。
既に一回シャワーを浴びたはずの虎徹は自分の腕を確認するように匂いを嗅ぐ。
その姿を見て、額に手をあてたバーナビーが呆れたように溜息を吐いた。
request songs : B'z/You&I
You&I
彼が酔うまで深酒をした理由は今の所聞いていない。
虎徹自身も普段から酒を飲む人間だったので、理由を話す事も理由自体がある様子でもなかった。
「そんな汚いオッサンみたいな扱いしないでくれよ」
情けない声で女性二人に返事をしながら床に座り込む虎徹の傍へバーナビーが寄った。
彼が二日酔いを起こす所を見た事はないので、深酒といってもたかがしれているのかもしれないが、それでも情けない姿だとバーナビーは思う。
現在時刻を確認してからバーナビーはあえて見せるようにもう一度溜息をついた。
「情けない姿ですね。虎徹さん、もう今日は一度家に戻ったらどうですか」
「んなこと言うなよ、バニー」
起こしてくれと大の男が両腕を上げて手をぶら下げるようにバーナビーへ見せる。
この状況をどこかで見た事がある気がして、手を取らずにふと彼は考え込んだ。
(前に、虎徹さんが二日酔いの真似をした時か)
以前、バーナビーの誕生日を時の事。
バーナビーの部屋で缶ビールを開けて祝ってくれた虎徹は、何がほしいかと楽しそうに訊ねてきた。
「ほら、去年はお前の事良く知らなかったし。どうせなら本人に聞いた方がいいんじゃないかってロックバイソンとかスカイハイとか、あー、ブルーローズとかドラゴンキッドにも言われたっけ?」
彼の口から出る言葉にはいつも誰かの名前がある。
バーナビーの知らないどこかでの会話はどんな彼の表情を見せたのか興味を惹かれたが、それ以上に嫉妬心が上回った。
彼も正直に言えば、同性にこうして惹かれる事に躊躇いがないわけではない。
何度も繰り返し悩んでみたが、少し酒の入った状態で気が大きくなったのだろう。
欲しいと口にしてしまえば後は容易ではないにしろ簡単だった。
「虎徹さんを、ください」
「は、俺?」
首から顎を突き出すようにして不思議そうに眺めた彼は、何の冗談なのか考えているようだ。
全く理解されない可能性は当然考慮していたはずなのに、どうしてそのまま口にしてしまったのか、後から思い返してもわからない。
「え、お前あれなの? ファイアーエンブレムと同じ感じなの?」
「……違うと思いますが」
虎徹は冗談だと思って流すつもりだったのだろう、軽いノリで聞いた言葉が冷静に返されて頭を抱えていた。
じゃああれだ、これだと虎徹は思いつくものを口に出す。
それら全てバーナビーによって冷静に違いますと返されてしまうと、行きつく先の結論に辿り着いて彼は缶ビールをひっくり返して目を泳がせた。
慌てて掃除をしている姿を、バーナビーは眺めてしまう。
自分の部屋で、汚されたくないはずなのにどうして自分は彼の一挙手一投足を眺めてしまうのだろうと考える。
たった一言から情けない程に狼狽えた虎徹の姿を眺めて、ただそれを見ていたいと思う。
「……つまり、その、えーと、バニーちゃんは俺の事が」
「恋愛感情として好きみたいですね。どうして虎徹さんなのか全くわかりませんが」
(違う、本当は解かっている)
あえてバニーちゃんとふざけた部分も受け流して、バーナビーは完結に要点を述べた。
なんだって俺なのかと、色々呟いたり喚いたりもしているが、バーナビー自身が聞きたいのは自分だと思っている。
同性に恋心を抱いた事など無ければ、根本的に今まで恋愛感情というものを抱いた記憶が無いように思う。
「はじめて好きになった人間が、虎徹さん、貴方だった。ただそれだけなんです」
もう二度と、パートナーとしては見て貰えないかもしれないという恐怖を今更ながらに覚える。
生活感がなく彼が来る時だけ急に汚くなって生活感の増すこの部屋にも、もう来てはくれないかもしれない。
虎徹を中心に集まってくる仲間達との付き合いで身も心も疲れ果てる事だって無くなるだろう。
(あなたがいなければ、こんな気持ちにはならなかった)
誕生日だというのに、買ってきたケーキと並べた彼の手作り炒飯もこれで最後なんだろうなと思えば、気付かぬ内に頬が冷たくなった。
膝に零れ落ちた染みで、自分が泣いているのだと気付くと虎徹がビールを拭いた布巾を置いて呆然と呟く。
「バニー、お前、」
「いいんです。自分でも気持ちが悪い事くらい、解かっています」
いつの間にか、膝に落ちた滴はビールを慌てて溢した時より染みを大きくしている。
何度、彼と離れればこの憂鬱な想いから逃れられるだろうと考えたかわからない。
つまらないほどに淡々とした毎日を送り、憶えてしまった寂しさを堪えればいいだけなのだ。
「貴方が居なかったら、こんな想いをする事も無かった」
一分間しか能力を保たせられず、情けなくても必死に走る彼はいつもバーナビーにきらきらとした世界をくれる。
普段は情けない所ばかりを見せているのに、彼の周りはいつも輝いているのだろうと思い返してもよくわからない。
「ちょ、ちょっと待てバニー。落ち着けって」
(いつも、情けない、無防備な顔ばかりして)
慌てた今と同じ顔でインタビューで虎徹がテレビに映った時もあった。
だがそれは、誰かの為に能力を使って遅刻しながら走り込んできた後だ。
犯人を確保する一歩手前で虎徹が事件と関係の無い人助けを優先して他のヒーローにポイントを奪われてしまった事もある。
賠償金で口喧嘩してしまう間に、もうひとつ器物破損してしまった事もあり、全部良い事だけではないのは確かだ。
「でも」
それなのに、一番大事な時だけは必ず傍にいて、神様がいたら一番して欲しいと思う事を虎徹はしてくれる。
「きっと、僕は貴方と一緒に輝いて見える世界が、きらいじゃなかったんだ」
(情けないのは、僕の方だ)
バーナビーの頭の上に温かみのある重さが乗せられたかと思うと、ゆっくりと撫でられる。
ほんの少し、心地良いと思った。
目を閉じたその後、まるで子供をあやすように虎徹が軽く抱きしめる。
「俺は、あんまりこういうの、解ってやれないけど。これくらいー、じゃ、ダメ……?」
抱き締めて見下ろした彼は心から心配してくれているのだろう、今が一番情けない顔をしている気がした。
そうですね、と呟いてもう一度虎徹を狼狽えさせた後、今度はバーナビーが抱き締め返す。
そのせいで、虎徹はバーナビーの膝に乗る形で抱き締められる姿になっていた。
「僕に、抱き締めさせてください」
(貴方が、無理に受け入れる必要はないんです)
「え? えっとー、これ以上は、ちょっと、その」
「これだけで、十分ですよ」
綺麗な笑顔で応えたバーナビーに、覚悟を感じたのかそれ以上虎徹は茶化したりせずに黙り込む。
夜が明けるその時まで、そうやって下らない話をしていたその日、徹夜明けは堪えると虎徹は二日酔いのふりをする事を決め込んだ。
後に起きた事件で張り切ってしまい、すぐに酔いが覚めたのは変だと疑いを向けられたが、バーナビーは素知らぬ顔をしているだけで良かった。
その日も、こうして両手を上げて自分に起してと頼んでいたとバーナビーは記憶している。
そんな事を思い出していると、虎徹の後ろ側からスカイハイの声がして思考を遮られた。
「やあ、一体何をしているんだ? それは新しいトレーニングかい?」
「スカイハイ、ちょっと起こしてくれよ。バニーが冷たくってさぁ」
やはり情けない声で虎徹がスカイハイに頼む。
他人に頼む所を見ると、本日三度目の溜息を吐いてバーナビーは虎徹を引っ張り起こした。
「さっさとシャワールームにいきますよ、おじさん。加齢臭に効くボディソープでも探しておきましょうか?」
「ひっでぇ! 俺はまだそんな歳じゃないっつーの」
よくやるねあの二人、などという女性陣の声が背中から聞こえる。
あの日を越えても、こうしていつも通りに過ごせているのは虎徹がいつも通りに過ごしてくれているからだ。
いつ避けられるのだろうと、務めて平静に日常を送ろうとバーナビーも試みている。
(でも、自惚れかもしれないけれど)
「虎徹さん、僕に甘え過ぎじゃないですか。僕はそんなに優しくありませんよ」
突き放すように冷たく言ってから肩を貸した虎徹を見れば、無防備な顔でバーナビーを見ていた。
見ていた事に気付かれて慌てたのか、そっかーそうだよな、と適当に誤魔化して虎徹は下を向く。
あの日から少しだけ、虎徹と目が合うようになったのは思い過ごしではない気がした。
自分の事を考えてくれているのかもしれないと思えば、いつもの作り笑いが自然なものになる。
「バニーちゃんのケチ」
(それは、甘やかしていいって事ですか?)
そんなはずはない、そう思いながらも口元は少し緩んでしまう。
巡り合えただけで良かったのだから、それ以上を望むべくもないともう一度彼は自分に言い聞かせた。
「虎徹さんが僕の事を好きだっていうなら考えてあげますよ」
そんなわけはないのに、虎徹の肩が跳ね上がった気がする。
冗談ですよ、早くシャワーを浴びて下さいとシャワールームへ押し込めれば、自分の気持ちも扉の奥へと詰めて閉めた。
虎徹がバーナビーの事を考えすぎて深酒をした事は、暫くしてから教えて貰う事になるのだが、それはまた別の物語。