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第9話~第11話(2010Xmas)



第9話:最大の違いは、最愛の誓い。

 

 コンコンと叩かれた扉の中で、逍遥していたセリスが虚ろに「はい」と小さく声を出す。気をつけなければ聞き逃してしまいそうな声にマッシュは顔をしかめる。
 鍵が掛かっていない事を確認したマッシュが「お邪魔するよ」と扉を開けた。片手には紙袋、もう片手には簡易スープカップを2つ抱えているのが見てとれた。

「……マッシュ?」

 ティナが来たのだと思っていた筈なのに、マッシュが来た事に声の主は驚いた様子だった。リビングの椅子に座り振り返りながら声を出すセリスの顔は、泣き腫らした事がわかる程に赤い。
 マッシュはテーブルに紙袋とスープカップを置きながら、敢えて明るく声をかけた。

「酷い顔色だな、セリス」
「ふふ、そう」

 声で笑っても顔は涙の塩気で浮腫んでいる。まるで、初めて会ったあの時みたいに所在なさげで、いつ消えてしまうかも解らない危うさを秘めた虚ろな瞳。カイエンがセリスに斬り掛かった時に見せた、いつ死んでも構わないという瞳を、マッシュは見つけてしまった。

「これ、近くのスープ屋の。袋は隣のパン屋のやつ。昼、まだなんだろ」
「……ありがと」

 彼はセリスの向かいに腰を下ろすと、彼女に渡したものと同じ簡易スープカップの蓋を開けて蒸気を逃がす。セリスもそれに倣ってスープカップの蓋を開けた。
 マッシュは、ぼんやりしたまま付属のスプーンでスープの中身を掻き回すセリスを、スープを一口啜って眺める。飲む様子もなく、ただ掻き回すだけのセリスを見ながら、マッシュが口を開いた。

「セリス、可愛くなったよな」
「……え?」

 セリスは何を言われているか判らないまま、腫れた目を見開いてマッシュを上目遣いに見上げる。
 声がエドガーと似ているが、その響きには明らかな違いがある。口説くのではなく、親愛の響き。セリスは、マッシュのそんな親愛の響きを齎す優しいが豪快な話し方がいつも好ましく思えていた。

「ロックのおかげってヤツかな」
「でも、」
「言わなくていいぜ」

 セリスの言葉を遮って、マッシュは笑う。その笑顔を見て、セリスは、自分の心から何かの欠片が落ちたような気がした。

(いつも、この笑顔に救われてたわ。再会した時から、マッシュにだけは、甘えっ放しなのよね)
「……ロックがなんで怒ってるか、セリスはわかるか」

 子供を諭すように話すマッシュの口調には、嫌味な響きは欠片も無い。素直に、頭が回らないセリスは頭を振った。

「うん、じゃあ、ちょっと聞いてくれ。……俺は、セリスに大切な事隠されても、嘘つかれても、大丈夫なんだよ。そりゃあ、少しは怒るかもしれないけど、信じてるし仲間だから」

 コクンと頷くセリスを見て、スープの残りを豪快に啜ると、そのままマッシュは続ける。

「でも、兄貴に大切な事隠されたり、嘘つかれたら、流石に揺らぐ。……この違い、わかるか?」
「……兄弟だから?」

 そう、と頷いて、マッシュはスープカップを少し遠ざけた。セリスのスープカップの湯気が少なくなってきているのを見て、飲めよ、と促した。

「そう、家族だから。仲間とは、違う」

 スプーンでスープを口に運ぶセリスを見て、マッシュも少し安心したようだった。

「俺にとって、兄貴が一番大事な兄貴なんだ。じゃあさ、セリスにとって、ロックって何だ」
「私にとって、ロックは……?」

 自問する様をゆっくり見詰めて、テーブルの上に置いた紙袋から、パンをひとつ掴んでマッシュが勢いよく口に放り込む。「すっげー美味いぜ」とニコニコしながらパンを頬張るマッシュを見たセリスは、考えるのを止めて笑った。

「本当に美味しそう」
「食っとけよ、腹が空いてるといい考えも浮かばないんだぜ」
「それ、いつも言ってたわよね」
「セリスが深刻な顔ばっかしてるから、俺が腹減るんだよ」

 なにそれ、と笑うセリスには、あの時の死んでも仕方がないと諦めた闇が消え始めている。知らず知らずの間に、自分もお腹が空いていると気が付いて、セリスもパンをひとつ取ってかぶりついた。

「美味しい」
「だよな。友達と食べる飯は美味いよな。でも、普段気が付かないだけで、家族と食う飯って一番落ち着いて食えるって、1人になると理解出来るんだよ」
「私は、家族がいないから……よくわからないわ」
「……ロックじゃ、家族になれない?」

 マッシュの言葉を受け止めきれずに、セリスは飲んでいたスープを詰まらせて咳き込む。

「かかか、家族だなんて……」

 慌てて顔を更に赤くしたセリスに、何事もなかったようにマッシュは続けた。

「俺、恋愛の事はよくわかんないけどさ。親父とお袋がいて、俺と兄貴が産まれただろ。親父とお袋は、俺と兄貴が産まれるまで2人の家族だったわけじゃん。家族って、一番大切なら、恋人も家族でいいんじゃないかな」

(マッシュって、エドガーと似てないのに、確信をつくとこだけやたらと似てるのよね)

 セリスは話を聴きながら改めてスープを啜る。飲み終わると、マッシュに言われたように頭が回る気がしてきていた。

「家族は、隠し事しちゃいけないの?」
「そうじゃない。隠しておきたい事だってあるさ。でもな、訊かれた時には、嘘でも答えなきゃいけない時がある。ティナは友達で仲間だ。……でも、ロックは違うだろ」

 そこには疑問の余地がない確信された響きが滲む。セリスは、素直に肯いた。

「一番大事で大切だから、ロックは怒ってんだよ。だから、謝りに行くべきだと思う。それで赦さないって言うなら、セリスの代わりに、俺がぶん殴ってやるから」
「……うん」
「1人じゃない、だろ」

 ロックがセリスを諦めた最大の違いは、最愛の誓い。マッシュに言われて、仲間と最愛の人の違いを認識させられたセリスは、パンの最後の一欠片を飲み込んだ。

「俺、仕事に戻るな。また何か飯食いに行こうぜ」

 立ち上がるマッシュに、名を呼んでセリスが呼び止める。扉の前で、マッシュが振り返った。

「何だ?」

 

(……いつも、勇気をくれて、ありがとう)


「……エドガーに、似てきた」
「セリスも、考えすぎて周りに気を使いすぎるとこがロックに似てるぜ?」

 あははと笑い合いながら、マッシュは片手を上げて扉を開ける。その背を見送るセリスの胸の中には、温かくて穏やかな感情が芽生えていた。

 


第10話:どうなったっていいんだって

 

 マッシュに諭された日から、セリスがロックを探し続ける日が始まった。当日の夕方会いに行こうとしたのだが、マランダまで出張に行っているというので流石に諦めて翌日にしたのだ。
 翌日である12月9日は、アルブルグに出張だと言われ、そのままツェンに行き、フィガロへ行くので14日まで戻らないらしいと言われた。

「じゃあ、伝言しておいて貰えるかしら」

 最初は、伝言を頼んだが、なかなか返事は返ってこない。始めのうちは、避けられている事に落ち込んでいたセリスだったが、3日もすれば、段々と腹が立ってきている自分に気が付いた。

(勝手かもしれないけど、私が会いたいんだもの)

 15日の朝になり、我慢が出来なくなったセリスは、飛空挺でフィガロやナルシェとベクタを往復するセッツァーを捕まえに行く事に決めたのだ。
 ベクタでセッツァーが行く酒場は決まっている。迷わずに翌日まで出張の手続きを取ると、酒場へと向かった。

(居なかったら、船ででも行ってやるんだから)

 カウンターの隅に、見慣れた銀髪の男を見つけると、逃げられないように急いで走り寄る。セリスを見た傷だらけの顔をした男は、ニヤリと口元を歪めてマスターに銀貨で支払いを済ませた。

「セッツァー、あのね。私、お願いが……」
「アンタ、もうちょっと色気のある格好してこいよな」

 セッツァーが立ち上がって話を遮ると、ついて来いとジェスチャーをする。盛大に溜め息を就いて、一言文句をセリスにぶつけた。

「俺が損得無しに運ぶのは、イイ女だけだ。早く着替えて来いよ」
「セッツァー……!」
「あー、面倒くせぇな。俺の女になっときゃ楽だったのによ」

(ありがとう…みんな、みんな)

 やはり、どんなに時間が経っても仲間なのだと、今更ながらに実感を深めるセリスだった。


 * * * * *


 サウスフィガロに着いて、「あの仕事バカは、仕事が終わったらあの酒場で飲んでるぜ。辛気臭いったらねぇな」とセッツァーが言うので、思わずセリスは笑みをこぼす。

「ありがとう」
「明日はどこぞの国王サマからフィガロからベクタ行きを依頼されててな。仕事ついでだ、気にすんな」
「うん、今度ワイン持っていくわ」

 「期待しねぇよ」と笑うセッツァーは、ふらりとそのままサウスフィガロの街に消えていった。セリスの知らないお気に入りの酒場にでも行くのだろう。セッツァーの歩みには迷いが無かった。

「まずは、今日の宿確保ね」

 12月は思ったよりも宿が混んでいるらしく、セリスが宿を見つけられたのは夕方の16時を過ぎた頃だった。宿にチェックインした早々、セリスは慌てて顔を洗って化粧を始める。

(思ったより時間かかっちゃったわね)

 普段は大切な外部者を招く会議でしかしない化粧だが、セリスにはこれから最愛の人に会いに行くという使命がある。化粧は、女にとって心の鎧だと聴いたが、今している化粧は、公的なオフィス用化粧ではない。

(少しでも、可愛く)

 久し振りに見せる自分の顔を、少しでも良く見せたいと念じながら唇にグロスを乗せる。化粧が終わると、鏡でセッツァーに言われた通り着替えた服装をチェックする。

『イイ女はどんな時でも、爪先から毛先まで気を抜かないんだそうだとよ』

(多分、ダリルの事言ってるんでしょうね)

 セッツァーの言葉を思い出して、セリスがそっと微笑むと、鏡の中に優しげな表情をした美女が立っていた。「よし!」と気合いを入れると、ロックの仕事が終わる時間まで街を歩く事にするのだった。
 サウスフィガロの街は、クリスマスムード一色で、心なしかセリスも浮き足立つ気持ちに襲われる。いけない、と思いつつもつい、店の中を覗いたりしてしまっていた。

(ここ、ロックと買い物に来たお店ね…)

 見掛けた編み上げのショートブーツをなんとなく持ち上げる。コトリと棚に戻して「ロックらしい」と笑いながら隣に視線を移す。
 タバコブラウン色をした起毛スエードのチャッカブーツ。隣に飾られた説明カードを拾い上げて読めば、スエードの中でも一流である鹿革のディアスキンだとわかった。
 レザーの最高級品と呼ばれるディアスキンに出逢えた事に驚いて、セリスは思わず価格を確認する。

(オーダー品、6万ギルかぁ……)

 多少値が張るが、ジャケットパンツ姿が多いカジュアルな彼なら似合いそうだと、チャッカブーツを持ち上げてゆっくりと眺めた。想像すれば、タバコブラウン色もロックがお気に入りのインディゴブルー色をしたジャケットによく似合う。
 この店は夏に靴を買った店なので、ロックの足型も残っているから買うのに問題はないだろうと算段した。

(…すごく、似合いそう。今持ってるブーツがボロボロになって、夏用のストレートチップ履いてたわよね)

 真剣に悩んでいるように見えたセリスは、そこで店員に声を掛けられた。

「クリスマスプレゼントをお探しですか」
「あっ、いえ」

 慌ててチャッカブーツを後ろ手に持って元の場所に戻す。その姿を見て、中年男性の店員は笑顔でこう言った。

「贈り物には意味があるものが多いんですよ。有名な所ですと、時計を贈って“貴方と同じ時を刻みたい”とか。男性から口紅を贈って、“その口紅でキスを”なんていうのもありますね」

「へぇ……」

 世間に疎いセリスは思わず感心して聞き入る。中年男性の店員は笑顔でセリスが戻したチャッカブーツに視線を送った。

「靴なら、“貴方と同じ道を歩みたい”ですね。良かったら、サイズもお伺い致しますよ」
(貴方と、同じ道を)

 セリスは少し考えたが、急に元に戻したチャッカブーツを店員に見せてこう言った。

「あの、前にロック・コールという名前で靴を作って貰ったと思うのですが…」

 プレゼントの領収書を大事に抱えて、酒場までの道を歩く。このまま会いに行くのは恥ずかしかったのだが、ゆっくり店を見て回っていた為に宿に戻るまでの時間がなくなってしまったのだ。

(仲直り出来るって決まったワケでもないのに、何時の間にかロックのものばっかり見てたな…少し落ち込むかも)

 一番長く一緒の時間を過ごしているのだから、当たり前の事なのだが、セリスにはそれが分からない。1人の時間を楽しむはずが、ロックの事ばかり考えてしまう自分に少しだけ反省する。

(仲直り出来なかったら、コレ投げつけてくればいいのよね)

 家に届く予定になったチャッカブーツの領収書を握り締めて、自分に言い聞かす。そう考えれば少しだけ気が晴れたのか、気をとり直して酒場までの道程を歩くのだった。
 大きな酒場に着いて、見慣れた姿を捜す。トレードマークのバンダナを外して、酒を煽るように飲む久し振りのロックの姿を見つけると、胸が締め付けられた。
 そっと隣に座ると、ロックがいつもの調子で話し掛ける。

「お、セリス。出張か?」
「え、……うん、そう。見掛けたから…」

(何言ってるのよ、追いかけて来たって言わなきゃ)

 だが、素直になれない何かがセリスを邪魔して上手く言葉に出来ない。なんとか話を切り開く為に話題を探しても、仕事の話しか出て来なかった。

「フィガロの応援お願いしてくれたの、ロックなんでしょう。ありがとう、助かったわ」
「ああ、良かった。やっぱり自由に動ける人材が欲しかったもんな」

 屈託無く笑うロックに、つられてセリスも微笑む。いつも通りに色々と話し込むうちに、22時を回る所だった。

(どうしよう、何も言えてない……)
「……遅くなったな。俺、明日早いんだ。悪い、もう行くな」

 まるで何事も無かったように、ロックは手を上げて席を立つ。慌てて、セリスも席を立つと、ロックを追い掛けた。

「待って、ロック、」
(いつもなら、嫌がっても、一緒に住んでも送ってくれてたのに)
「ん、奢っておくって」

 口の端を少しだけ上げて笑うロックの表情は、バーのダウンライトのせいか陰って見えた。慌ててセリスは、言葉を選ぶ。

「そうじゃなくて……」
「悪い、一人になりたい」

 ハッキリとしたロックからの拒絶。勘定を済ませて出て行くロックの背を、店に出てからもただ見送る事しか出来ずに立ち尽くしていた。

(傷付いた顔、してた)

 ロックへのプレゼントである引き換え証をポケットの中で握り締めて、何も言えなかった自分に唇を噛む。これでは何の為に仕事を放り出してきたのか、セッツァーやマッシュたちの厚意を無駄にしたのではないか。
 ぐるぐると廻る思考の波を止める為、ひとつ深呼吸をしてから見えなくなったロックへ、自分へと叫んだ。

「バカ!もう追い掛けられないって思ってたけど、ずっと追い掛けてやるんだから!!」

 セリスのブーツに、ひとつ、水滴が零れ落ちていた。


第11話:7つのツリーに願い事をして

 

 それからベクタに戻ったセリスは、ロックと会うこともなく23日までを忙しく過ごす事になった。フィガロからの応援人員がいるお陰で、24日からはゆっくり休む事が出来そうだと考えて、セリスは少し悲しくなった。

(ジドールの7つのツリーにお願い事したら、願いが叶うんだったかしら)

 そうロックから聴いたのは先月の事なのに、何故だか遠い日の事のように思えてくる。あの日から余り眠れていないセリスは、悲しくなって、昼は家で昼食を取る事にした。

「あ……」

 今朝受け取ったばかりの、リビングのソファに置いたままにしたプレゼントが目に入る。手に取ると、包みの金に縁取られた赤いリボンが指先をくすぐった。

(……プレゼントする位なら、いいよね。仲間、なんだし)

 そう思いつくと、近くにあったメモ用紙とペンを手に取り、簡単に書き殴る。

『Dear.ロック 今年もお疲れ様。クリスマスプレゼントです。ゆっくり休んでね』

(……なんか、変)

 そう書いてから、メモ用紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
 一枚、二枚、三枚。何枚もメモ用紙を破り捨てると、ペンをテーブルに置く。どう書いたらいいか悩んでいた時に、マジックがセリスの視界に入った。マジックを手に取り、キュッキュッと音を立てて書き殴ると、マジックの蓋をしめる。
 キュッと音を立てるマジックのキャップが、セリスの心を落ち着けた。

「これでいっか」

 出来上がったメッセージに満足して、プレゼントの包みを抱き締める。そして、そのままセリスは家を飛び出した。
 夕方に仕事が終わり、仕事仲間に挨拶を終えると、鉄道開発所へ足を向ける。受付に笑顔でプレゼントを頼むと、彼女はそのままの足でジドール行きの切符を買いに行った。

「24日、朝一の便で1人分」

 切符を手にすると、家についてから大慌てで支度を始める。お気に入りの洋服、化粧品、日用品。体を動かす事で寂しさを紛らわし、自分を奮い立たせた。

(傷心旅行に行きますか!)

 年内は帰って来るつもりがないので、部屋の戸締まりをチェックする。傷心旅行と決めた瞬間から少し心が軽くなって、その夜はいつもより深く眠る事が出来たのだった。
 24日、クリスマスイヴの早朝。お世話になった我が家に一礼して外に出ると、まだ暗い闇が空に広がる。
 濃紺とピンクにグラデーションした空は星が散りばめられて、雲一つない。張り詰めた寒さの中、ベクタで雨は降らないだろうとセリスは感じた。

(旅立ち、良好)

 乗り合いチョコボ車でアルブルグへと着いてからジドール行きの船に乗り込み、着いたのは昼前。サウスフィガロでの教訓を活かして急いで宿を捜すと、なんとかひとつ部屋を取る事が出来た。

(ダブル料金だったけど、年内ずっと過ごすんだし、広いお部屋の方がいいわよね)

 荷物を部屋で広げて、少しでも住みやすいようにクロゼットを整える。それから遅めの朝食を外に取りに行き、ガイドブックを買った。
 ガイドブック片手にウィンドウショッピングを楽しむと、目的であるツリーの点灯時間になったので、7つのツリーを探しに行く事にした。

「えっと、これで6つね。カメラ、映像通信所から借りてこれば良かったわ」
(うん、1人でも楽しめてる)

 「大丈夫」、と自分に言い聞かせて、最後のツリーへ歩いて向かう事にする。今までの6つのツリーが、街の至る所に散らばっており、街中を散策して歩く事になったが、予定のないセリスにはむしろ最適だった。
 7つめのツリーは大広場にあり、探す事なく簡単に見つかる。一際大きなツリーは、小さなランプやデコレーションで綺麗に彩られ、街の灯りを反射して煌めいていた。

「……綺麗」

 溜め息を就くと、それまでのツリーと同じように、セリスは両手を組んで願いを捧げる。

(しあわせが、みつかりますように)

 色んな願いを考えたが、どれも叶いそうにないと思ったセリスの、唯一自分に許せた願い。ロックの事を自分が願うのは、おこがましいと思ったのだ。
 目を伏せて願いを掛けていると、街がざわめき出す。目を開けて空を見上げれば、白い雪が降り始めていた。
 雪が、ツリーを一層美しく際立たせる。茫然と見とれていたセリスは、急に肩を掴まれて乱暴に振り向かされた。

「……っ、セリス」

 どれだけ逢いたいと願ったのだろう、セリスには夢にしか思えず、遂に幻覚を見たのかと考えた。だが、肩を力強く掴む冷たい手は本物の痛みを知らせる。
 息を切らして口元を革手袋で抑える、ロックの姿がそこにあった。

「……捜した」
「ロック、なんで」

 此処にいるのかを問おうとして、セリスは力いっぱい引き寄せられ、抱き締められていた。考える間もなく、ロックの肩に顔を埋めさせられる。

(どうして?)

 言葉にならない思いが、セリスを駆け巡る。

どうして、此処にいるのか、
どうして、捜しに来たのか、
どうして、抱き締められているのか、

 7つのツリーが願いを叶えて見せる夢だとしても、この夢に甘えたくてセリスは力を抜いて抱き締められた。
 ゆっくり身体を離されると、ロックが、ポケットからプレゼントの包みをセリスに突き付けた。

「……これ、何だよ」
「あ……」

 プレゼントの包みに直接、赤のマジックで大きく書きなぐった文字。

『大好き』



 宛名も差出人も書かずに書いたその文字に、今更ながらセリスは顔を赤くした。
 それを見て、はぁ、と溜め息を就くと、ロックはセリスをまた力いっぱい引き寄せて、抵抗されないようにギュッと抱き締めた。

「こんなの見たら、逢いたくなるに決まってんだろ」
「え……」

 反論を許さないように、セリスの顎を持ち上げて、唇を塞ぐ。重ね合わせるだけのキスは、数秒が何十分にも、永遠にも感じられた。

(周りに、人がいるのに)

 普段のロックならば、セリスに気を使って、手を繋ぐ事はあっても、人前でキスどころか抱き締める事もしない。
 ゆっくり白い息を吐きながら唇を離されると、ロックがセリスの蒼い瞳を見詰める。

「今日、全部聴いた。ティナからも、マッシュからも、セッツァーからも」
「え、あ、……」

 恥ずかしさで上手く言葉が出て来ない。
 ティナということは、ケーキの話を、マッシュということは泣き腫らして反省した話を聴いたのだろう。セッツァーからということは、謝る為に仕事を放り出して捜しに行った事も知られているに違いない。
 恥ずかしさの余り、視線を逸らす。

(穴があったら入りたい……!)

 本気の視線で見詰めてくるロックに、話を逸らしたくてひとつだけセリスは聴いた。

「どうして、ここが解ったの……?」
「トレジャーハンターなめんなよ」

 今度は軽く抱き締めると、ロックはセリスの耳に囁いた。それは、甘く、いつもより少し低いトーンで。

「俺は、1番大事なモノだけは、世界中どこに行ったって見つけられるんだよ」
「いちばん……大事?」
「そう。1番、セリスだけが大切」

 胸に甘えるようにして床に視線を落とすと、足下には、セリスが贈ったチャッカブーツが見える。スエードのタバコブラウン色は、予想通りロックのお気に入りであるインディゴブルーのジャケットによく似合っていた。
 思わず涙が零れて、ロックのジャケットを濡らした。

「俺に謝ろうとしてくれてたんだろ。だから、俺も謝る。寂しい想いさせて、ごめんな」
「……!」

 セリスはロックの背に両腕を回して、ギュッと抱き締める。なんだかんだで甘いなと考えながらも、照れ屋な彼女からの答えはこれで充分だとロックは思った。

「……ツリー、願い事したのか」

 ポツリと呟くロックに、涙を浮かべたままセリスが顔を上げた。涙顔で微笑んだまま、セリスはロックに一瞬だけ唇を重ねる。
 セリスからキスをされる事に驚いてロックが耳まで顔を赤くすると、セリスがツリーに視線を移してこう言った。

「……もう、叶っちゃった」

(ジドールにある7つのツリーにお願い事すると、願いが叶う事。
 大切な人は、親友とも違う事。
 ……全部、ロックが教えてくれたから)

 万感の思いを込めて抱き締めると、ロックが「あー…」と言いにくそうに声を出した。不思議に思ってロックの顔を見ると、ゆっくり身体を離される。
 ロックは突然、右手の手袋を口に加えて脱ぎだした。セリスの右手を取ると、ジャケットのポケットから小箱を取り出す。小箱から小さな指輪を抜くと、セリスの右の薬指に填めた。

「今はまだ、右手だけど」

 セリスの誕生石であるアクアマリンが散らばった、綺麗な細い銀の指輪。ロックは、同じくアクアマリンが外側でなく内側に入った銀の指輪を目の前で右手の薬指に填める。

「俺がプロポーズするまで、待っててくれるか」

 止まった筈の涙がまた溢れてくるのを感じて、セリスは左手で口元を抑えて頷いた。
 右手の薬指にする指輪は婚約の証、そう聴いたのは誰からだったか。

「ずっと、待ってる」
「うん」
「だから……、」

 ロックの耳元に冷えた唇を近付けて、セリスは囁いた。
 この指輪が、自分を閉じ込める鎖なのだとしても、今はそれが心地良いから。

「私が、間違いそうになったら、また教えて」
「……ああ、約束する」

 2人の間に交わされた新しい約束は、7つめのツリーと右手に輝く指輪が証人になるのだった。

 

 

 

…wish your merry Christmas…



(なんでティナがナットをケーキに入れたか聴いたか?)
(ううん、聞いてないわ)
(エドガーがシャンパンに指輪入れてティナに贈ったから、ティナもケーキに入れてお返ししたかったらしいぜ)
(……完全に、口説き魔王のせいじゃない)



―Fin―