SPiCa

[Edgar x Rilm's Xmas]

第1話~第3話



caution!
このお話は連作で繋がるHappySpecialDaysシリーズの
「僕らの7年戦争」の若干前の物語で「24×7×365=lovers*period」と軽く繋がっています。

特にどちらも読まなくても読める物語ですが、先に読んで置くと更に物語が楽しめるかもしれません。
ご理解いただけた状態でどうぞ。


第1話:完成した神創女神

 冬に降る雪というものは夜空に浮かぶ星と同じくらい神秘的だな、と柄にもない感情で手のひらに零れ落ちる粉雪が溶け行くさまを少女が見詰める。
 少女の生まれた村は霙が降ることがあっても雪が積もることはない。経緯度的には温暖な気候で、四季はあるものの季節が緩やかに流れる地域だからだ。

「クリスマスね、リルムさまの女神お披露目には上等でしょ」

 雪と戯れていれば、薄着の彼女は寒さを覚えて窓を閉める。ジドールはサマサと同様の温暖な気候であるが、四季がはっきりと連なる地域である。
 アウザー邸の一室でドレスに着替えていたリルムは寒さで鳥肌を立てた腕を温めるべく暖炉の前に向かう。少しだけ手を温めただけで、彼女は暖炉を離れて最終確認の為にドレッサーに向かった。
 メイクの崩れが無いかを確認するが、メイクアーティストがきっちりとこなした仕事に非があるはずもない。気になるといえば、前日に眠れなくて自分にしか分からない程度に肌の艶が良くない程度だ。

(ようやく、あたしの名前が世界に響くのね)

 今日から公開される事になったアウザー邸に寄贈された女神の絵画は、ジドール中のライターがこぞって記事にすべく記者会見の始まりを待っている。カメラのフィルムを回す音、会見場の様子を試し撮りするカメラマン、万年筆の調子を確かめる記者。
 そして、一部の招待された各王国の貴族たち。
 リルムはいつもの衣装ではなく、アウザーが用意した会見用のコットンピンクをしたふわふわのチュールドレスを身にまとっている。腕に黒のリボンで引き締められたコットンピンクのドレスは、内側にたっぷりとパニエを詰め込んだスカートは、螺旋を描くようなレースでくるりと身を翻らせれば螺子のようにレースの螺旋も回った。

「リルム様はこんな少女趣味じゃないんだけど、スポンサー様のお願いじゃあね」

 少女趣味、と揶揄されたドレスは15歳を迎えるリルムにとって納得のいかない物だったが、黒のリボンで色味を絞められている為に甘すぎることはない。
 もしこれが、もっと幼い頃に着たならば絵本に出てくるお姫様のようだとはしゃいだのかもしれないが、天才画家として色々な世間を見るようになった彼女には少し不満足だったようだ。

「ティナが着れば妖精みたいで可愛いのになぁ」

 リルムは画家としてだけでなく、ファッションデザイナーとしての勉強も始めており、今着たドレスが似合いそうな年上の友人ティナを想像する。その想像にはなかなか納得がいったようで、リルムは満足げに自分へ頷いた。
 彼女のブロンズブロンドに映える用に用意されたピンクゴールドの小さなティアラヘッドの位置をドレッサーの鏡で確認すると、部屋の扉がノックされる音に気づく。
 準備が整ったかどうかの確認に適当な返事を返すと、後ろ髪が少しだけ背にかかり始めた短い髪を流して、扉に向かって口元をゆがめた。

「さぁて、リルム様がいっちょやってやるか」

 扉の向こうにはアウザーが既に待っている事だろう。会場の中には招待状を届けた青年も待っているかもしれない。

(忙しくて来らんないかも、だけどね)

 もし“彼”が来れなかったとしても関係ない、そう自分に言い聞かせてリルムは自分の期待しすぎる癖に歯止めをかける。招待状を送った相手は世界でも有数の忙しさを誇る男なのだ。もし自分の仕事を放棄してまで見に来たとしたら、それこそ叱り飛ばしてやらなくてはいけない。

(それも楽しそうだな)

 リルムは扉を開けて会見場へ緩やかに足を運ぶ。会見場ではすでにアウザー氏が会見席の中央に腰を据えて、カメラのフラッシュが引っ切り無しに焚かれていた。
 光の渦へ、彼女は一歩を進める。紹介された自分の名前が聴こえない位に乱打されるカメラのフラッシュ音が、彼女が辿るべき辿る道の扉を開く鍵だと知っているからこそ―――堂々と彼女は舞台上で笑った。

 


第2話:光の渦にひとつだけの星

 

 リルム・アローニィの名前が呼ばれて舞台に姿を現した彼女へ、フラッシュが一斉に焚かれる。女神に宿った悪霊を倒した鮮烈な記憶も、完成お披露目の今日から見れば全てがいい思い出だ。
 記者たちの「こんな少女が」という呟きを聞き逃さずに、その声がした方向へあえて顔を向けて微笑みかける。

(雰囲気に呑まれた方が負け、そーゆうコトでしょ)

 女神の絵画に掛けられた天鵞絨が開く前に、司会者の作者紹介が始まる。質疑応答はお披露目の後だ。
 アウザーと軽い握手を交わしてカメラマン達にたっぷりと写真を撮らせた後、フラッシュに漸く慣れたリルムが会場の席へ目を向ける。招待した彼の席は空席。空席の隣にはフィガロの王弟が座るのみ。
 王弟マシアスが会見場に姿を見せるのが珍しいようで、カメラマンもカメラを向けたようだが、非公式での来賓であるらしく、周囲に居た大臣たちにそれを阻止されていた。

(ま、そんなもんだよね。むしろ、頂上極めてから呼べってトコかな)

 画家としてはまだ彼女は挑戦者の位置に居る。交流があるものの、大国の王族を呼びつけるには程遠いという事かと納得して余裕の笑みを観客に振りまいた。
 静粛にの看板が司会者の脇で掲げられると、カメラマンたちもフラッシュの音を潜めてフィルムを交換し始める。

「さぁ、女神のお披露目です!」

 司会者が声をかけたと同時に捲りあげられた天鵞絨の布から、リルムが描き上げた女神の神々しい姿が現れる。観客の溜息と共に、賞賛の拍手が沸き起こった。
 リルム自身、この女神を描き上げる為にジドールに戻ってきたと言っても過言ではない。アウザーとのかけがえの無い約束を守ったリルムに、アウザー自身もその約束に報いようとこうして記者会見の場を用意してくれたのだ。
 鮮烈な画家世界へのデビューを用意してくれたアウザーには言葉もないほどリルム自身感謝している。口の悪さも、今日だけは封印してやろう、と思うくらいには。

(感謝しなよ、アウザーのじいさん。あたしが世界のトップに立てば、あんたは世界一の画家を抱えた最高峰の慧眼を持つパトロンよ)

 ようやくカメラが解禁されて、女神に向かって惜しげもなくシャッターが下されていく。記者たちの質疑応答に普段より幾分か丁寧な口調で答えるリルムは、この後の晩餐会の予定を頭に浮かべていた。シャッターの音や記者の質問に混じって会場の扉がキィと静かに開かれる。

(後から入ってくるなんて無粋なやつも居たもんね)

 視線だけを扉に向ければ、彼女が一番見てほしかった人間が現れる。蜂蜜色の太陽を綺麗に反射するブロンド、そのブロンドの中に金の砂漠にオアシスを想像させるブルーアイズ。
 見間違えようの無い、現フィガロ国王、エドガー・ロニ・フィガロが其処に立っていた。
 まだ遠い、彼の歩んだ覇道の道程を、彼女は絵画の世界で辿るのだ。リルムは、覇道への挑戦者である。違えた道であっても、彼を目標とする限り、きっと負けはしないと彼女は誓った。
 覇道の道筋を辿った男を見て、彼女はまた微笑む。

(遅いんだよ、ったく)

 心で毒づいた彼女の笑顔は、先ほどの強気な笑顔よりも少しだけ弛んだ優しい女神の表情と似通っていた。

 


第3話:我儘な星座の上で回る円舞曲

 

 お披露目会見後の晩餐会は、通常よりも早い時間帯に行われた。リルムがまだ成人していない少女なので、遅くまで開かれれば、あまり守られていないジドールの労働自治法に引っかかるからだろう。
 スポンサーや有名記者、ジドール貴族、国賓達に一通り挨拶を済ませると、彼女は話しすぎて味の分からなくなった高級料理を銀のフォークで口に含む。

(美味しいんだろーけど、疲れすぎてよくわかんないや)

 愛想笑いにも疲れて飲み物を探そうと給仕を探すと、リルムの後ろから小さなシャンパングラスに入れられたノンアルコールカクテルが差し出される。貴族にしては少し無骨な大きさの綺麗に整えられた手入れを怠らない指先。リルムの少女らしい小さな手つきとは比べようもない男性の手だ。
 視界に入ったグラスを受け取って振り向けば、彼女に渡す為に少し腰をかがませたエドガーがゆっくりとその背を戻す所だった。

「お疲れだね、お姫様?」
「重役出勤の国王様よりかは働いてないよ」

 軽口で応えてしまってから、リルムはしまった、と思い直す。ここは人目があるのだ。フィガロ国王に軽い口を利いたとなればゴシップ誌にでも書かれるかもしれない。
 ノンアルコールカクテルを一気に飲み干して、自分の言動を窘めるように空になったグラスを近くに居る給仕に渡して彼女はエドガーに背を向けて料理を自分の皿ひとつ盛り付ける。背を向けられたエドガーも慣れたようにリルムの隣に移動して、「これが美味しいよ」と笑ってリルムの皿へもう一つ盛り付けた。

「美味しいって言われても、こんな場所じゃ味なんかわかんないもん」

 ぼそりと小声で呟いて、エドガーに取り分けられたリフィーバニーの照り焼きにバジルソースとモッツァレラチーズを掛けた料理を口に含めば、リルムの好きな甘めの味がする。気を利かせてリルムの好む味付けをした料理を選び分けてくれたのだろうが、少しだけ悔しくなってそれは言わない事にした。
 リルム自身が取り分けた生ハムのメロン巻は、甘かったり塩気が強かったりと大人の味覚に合う味だった為、先程食べた料理の後に食べれば余り美味しくないように感じる。

「じゃあ、もっと美味しいものでも食べに行くかい?」
「なにそれ。主賓がココから出れるわけないでしょ」
「案外そうでもないさ」

 周囲を見渡せば、この機会に色々な貴族たちが互いの結びつきを強めようと語り合っている。記者たちも一部の人間しか招待されていない事もあるがフィガロ国王が一人でリルムと会話をしているのにこちらへ足を向けないのはいかにも不自然だ。
 最初に群がられた状態とは打って変わって、彼女に遠慮しているかのような感覚で他の貴族たちはちらちらとこちらを見ている。

「……なにあれ」
「大方、私が君を口説いてると思っているんだよ。だから、邪魔されない」
「バッカみたい」

 実際に口説かれた事が一度もないリルムにしてみれば、バカにされたように感じるのであろう。憤慨した気持ちを収められず、フォークと皿を目の前にあるテーブルへとカチャリと鳴らしながら置いた。
 リルムに倣うようにエドガーが皿を晩餐テーブルへ置くと、彼女の肩に手をかけてこっそりと耳打ちをする。

「だから、それを利用すればいい」

 こんなに近い場所でエドガーの声を聴いたのは、リルムにとって初めての事だ。彼には然程特別ではない事でも、彼女の胸は飛び上がる。
 近くで聞こえる潜めた声は、こんな風に聞こえるのか、と漠然と思いながらリルムは動揺を隠してエドガーを睨み付けた。

「どーすんのよ」
「こうするんだよ」

 リルムの手を軽く手に取り、長身の背を屈めてキスを手の甲へ落とすと恭しく手を引いて雪の降るテラスへリルムを誘う。エドガーが離れた場所に居るマッシュの方を見やって片目を瞑ると、双子はそれで意思疎通が出来るのか、軽く肩を竦めて見せた。
 テラスは手摺に雪が積もって薄着のドレスでは肌寒く、人影もない。エドガーはリルムの手を引いたまま仔細に周囲を確認している。
 広間から見えない位置へ彼女を誘導すると、エドガーがリルムの手を離した。

(ほら、やっぱりあたしは“女の子”に含まれてない)

 人影のない所へ連れて行かれた貴族の少女たちがどうするか位はリルムにだって想像が出来る。口説かれて熱い口付けを交わす者、愛を語らう者、人それぞれだが、こうして口説かれていないリルムは自分が滑稽にすら思えるのだ。
 ざっと手摺の雪を払落し、急にエドガーは手摺によじ登り始める。それを見て、何をし始めたのか驚いたリルムが声を上げた。

「え、ちょっとなにしてんの」

 近くまで伸びた枝葉を掴んで彼は樹に飛び移る。礼服とは思えない動きで樹の分かれ目に足をかけテラスの方へ片腕を伸ばすと、リルムに向かって片目をつぶって人差し指で『静かに』の意味を伝える動作を見せた。
 パニエをたっぷり含んだドレスを身に纏ったリルムに、テラスをよじ登れというのは淑女ではなくても困難な話だ。広間からこのテラスへ人影が映る。

(やば、人に見られる)

 リルムがそう思って一瞬目を閉じると、人影によってリルムは軽々と持ち上げられ、その体重はエドガーと樹へと渡された。
 瞑った瞳を開ければ、テラスには手を振る大男の王弟マッシュがいる。彼ならばリルムを持ち上げて樹に移す事など造作もないだろう。
 
「大丈夫かい、お姫様」

 エドガーの腕の中で支えられたリルムが、彼の体温を背中で感じながら上を向けば、優しい瞳で覗き込む砂漠のオアシスと出会う。エメラルドの瞳は恥ずかしさを隠すように視線をそらして、彼女の腹を支える腕を叩いた。

「大丈夫じゃないもん、早く降ろしなさいよ」

 毒づいたリルムに「承知いたしました、お姫様」と優雅に切り返してエドガーはリルムを片腕で軽く抱き上げる。もう一つのあ片腕でバランスを取りながらゆっくり樹の中腹まで来たところで、エドガーはリルムを両手で抱えながら飛び降りた。
 テラスへ視線を戻せば、マッシュが何事もなかったように背を向けて後ろ手に手を振る。

「いつもこんなことしてんの?」
「王子様だった頃はね」

 リルムをゆっくり大地に降ろして改めて手を取ると、青年はにやりと形の良い唇に月を浮かべて強く手を引いた。

「お姫様は、もっと美味しいものが食べに行きたいんだろう?」

 彼に笑いかけられた自分がどんな表情をしているのだろうか、そんな事ばかりを気にしながら、二人は子供の様にアウザー邸を抜け出したのだった。