星に願いを、太陽に祈りを

(2010大晦日)



 世界に平和が訪れた。
 それは、世界から、 魔法が消えた日。

 

 世界から、戦争が消えた日。
 それは、自らの存在意義を問われるべき日。



 砂漠の夜は、寒い。
 ケフカを倒した後、仲間達全員でフィガロ国へ降り立っていたロックは、祝宴を抜けて夜風にあたりにきていた。
 いつの間にか、見慣れた黒い鎧を纏う侍が1人テラスに佇んでいる。

「カイエン。抜け出したのか」
「……ロック殿」

 砂漠の夜空に浮かぶ、煌めきの海を見詰めていたカイエンが振り返る。「隣、お邪魔するよ」と言って、ロックはカイエンのいるテラスの縁に肘をかける。愛用のブルージャケットから煙草を取り出すと、火をつけて紫煙をくゆらせた。

「………」

 息を吐く音の後、暫くの静寂。言葉など交わさなくとも、伝わる万感の想いを共有する。
 お互いに、思う事や考える事が多すぎて、伝えるべき次の言葉が見付からないのかもしれない。出逢う前から今までに、2人は多くのものをなくし、多くのものを手に入れた。


藍色を纏う青年は、
故郷を捨てる事でしか、
愛する者の想いを守れず
故郷を捨てた事で、
愛する者を失った。

漆黒の侍は、
故郷と家族を護る為に
鎖国し籠城した事で、
愛する家族と国の全てを失った。


 似て非なる2人の最初の想いは、帝国への復讐劇でしかなかった。それを変えたのは、仲間達との出逢い。
 ロックは、セリスと。カイエンは、息子のようなマッシュとガウの2人と。
 出会わなければ、守る者が無ければ、復讐劇のままであったかも知れない。復讐は復讐を生み、断ち切れない連鎖のように2人の運命の輪を廻したであろう。
 最後にあったのは、未来を守る為の想い。何もかもを一度失った2人が、長い旅で手に入れた、未来を守りたいと思わせる者達。
 世界を平和に導いた日。魔法が消えた日。そして、新たな人生を選んで旅立つ事を決める日。

「……ロック殿は、これからどうするでござるか」

 カイエンから口を開いた事が意外だったのか、ロックは少しだけ目を大きくしてカイエンの側へ顔を向けた。
 「そうだなぁ…」と呟いて、煙草を手持ちの灰皿でもみ消す。大きく背伸びしてからテラスの縁に背をもたれさせると、ロックは星空を見上げた。

「俺、昔から世界中を旅してきたんだ」

 隣で頷くカイエンに声はなく、目を伏せて静かに次の言葉を待つ。夜風がカイエンの長い黒髪を靡かせ、ロックのブルネット色の髪を掬った。

「だけど、それじゃダメなんだ。世界中を旅する理由を、探しに行こうかと思ってる」

 思いもよらないロックの言葉で、カイエンが黒の瞳を開いた。まだ若さがあるのだなと感じたカイエンは口元を緩ませて頬に皺を作りながら聴いた。

「泥棒稼業は引退するでござるか」
「トレジャーハンター、だよ」

 強調して言うロックの言葉は、窘める響きより苦笑いする響きの方が強い。このやり取りも終わりだと思えば、寂寥感が増したからだろうか。
 現実主義者のロックが“理由を探す”などという青臭い発言をした事に笑われるだろうかと、彼はカイエンを盗み見る。カイエンは、笑うでもなく、穏やかな表情を浮かべるだけで、口元の髭をそっと撫でた。

「――理由とは、己が命に宿るもの。ロック殿は、既に理解していると拝察致すが、何故かを問うべきでござるか」

 苦笑いして、ロックはまた星空を見上げる。

(『俺が旅に出る理由は自分で理解してるんだろ。でも敢えて探す理由は、こちらも敢えて聞いてやった方がいいか』って聴かれてんだな、コレ)

 カイエンらしい遠回しな物言いに口元を緩めると、ロックは空に手を伸ばした。夜空の煌めきは、届きそうにない。

「理由がいるのは、俺じゃないんだ」

 得心がいったとばかりに頷くカイエンは、砂漠が反射する月明かりを見詰める。齢より多く重ねた苦渋の人生が、皺となってカイエンを老けさせて見せた。

「それこそ、理由など無きに等しからず。いかな女性も、伴侶である縁こそ理由でござろうに」
「そう簡単じゃないヤツだって、知ってるだろ」

 目を細めてカイエンが微笑む。ロックが悩みを打ち明けてくれた事に、父親のような気持ちで神妙に肯いた。
 カイエンの故郷であるドマ国を失った原因の一端、帝国軍の将軍セリスを思い浮かべて口を開いた。

「セリス殿は、敵国軍とはいえ、元は軍人。女性という生き方の選ぶべき道を知らぬのは、是非もないのでござろうな」
「――例えば俺が、旅を止めて一緒に暮らそうとしても。急に普通の生活なんてさせたら、逆に混乱すると思うんだ」

 ジャケットから、もう一本煙草を取り出して火を点ける。風に乗って流れる火薬の臭いが、カイエンの鼻孔をくすぐった。

「だから、一緒に旅が出来る理由がなんかあれば、セリスも楽だと思うんだよな」
「理由なく着いてきてもらう自信はないでござるか」
「あったら苦労しない」

 即断されて、ふむ、とカイエンが思考の海を探る。過去は様々だが、最後まで苦楽を共にした仲間の力になりたい気持ちはある。
 同じ軍人であるカイエンならば解る事もあるかもしれない、と淡い期待をよせていたロックは、自分で考えるしかないかと諦めかけていた。

「……ドマ国には、様々な世界の史実書があるでござる」

 カイエンが、何を言おうとしているかを見極める為、ロックはカイエンの方へ体を向けた。目を伏せた壮年の眉間に皺が寄る。

「今や、大陸の形も変わり、史実書が眠るドマ国も我が記憶に残すのみ。場所も正確に把握されずこのまま移民もなければ、遺跡として朽ちてしまうが宿命にござろう」
「移民? 地図もないのに、どう移動させるんだ」
「そこでござるよ」

 頭の回転が早い青年に笑顔で向き直ると、ゆっくりカイエンは頷いた。

「地図を作るでござる」
「地図?」
「拙者はそういう作業にとんと疎いでござるが、遺跡発掘を行うロック殿には日常的な話でござろう?」

 ドマ国に向けての周辺地図を作る位なら、ある程度時間があれば1人でも作成可能だ。カイエンの言わんとする事を計りかねてロックは首を傾げた。

「世界中から、移民を募るでござるよ。つまり、」
「世界地図を、作るのか…!」

 それは途方もない作業量だと、ロックは驚いた。
 世界地図を、この手で作る。カイエンからこんな発案が出るとは思いもしなかったのが本音だろう。
 それと同時に、壮大な野望へ気持ちが高ぶるのを抑えられない自分もいた。

「確かに、世界地図が作られれば復興支援もして貰える。移民にはすごく、いい案だな」
「平和とは持続しての平穏を言うでござるよ。せっかくの仲間でござる。色々な仲間に協力を申し出れば良いでござるよ」

(そうか、それが理由なら、セリスも…!)

「陛下の許可無く持ち出す事は心苦しいでござるが、ドマから史実書や崩壊前の地図や道具を貸し出すでござる。これもドマ国の為なれば、亡き陛下も喜ばれよう」

 満点の星の中で、掴めそうな星を見つけた。
 一番掴まえたい星まで願いを乗せて、ロックは「ちょっと話をしてくる!」と駆け出したのだった。

 


 フィガロでの祝宴が終わり、あてがわれた部屋に戻る道で、セリスはテラスへの道を見つけた。
 砂に潜るこの城では、テラスに砂が残る。石畳と砂の両方を足で踏みしめながら、セリスは地平線へ思いを馳せた。

(私には、何が残っているだろう)

 祝宴で話した仲間達を1人1人、思い出してゆく。辛い旅路で辛さと喜びを分かち合った仲間たちを。



 * * * * * *



 ティナには、モブリズの子供達とディーンとカタリーナ、そしてこれから産まれるディーンとカタリーナの子供がいる。色々な命と共に暮らす事を、モブリズの母として生きる事を決めたようだ。魔導の少女としてしか扱われずに生きてきた、彼女が見つけた“愛”という形。

「モーグリを子供達がふかふかしたら喜ぶと思うの。セリス、モグを説得するの手伝ってくれない?」
「ク、クポポ……毛をむしられるから子供は勘弁してクポ」

 最後にモグの毛並みを存分に堪能していたティナは、宴の酒で若干酔っているようだ。
 ティナに後頭部を頬摺りされるモグは、嬉しそうな、迷惑そうな難しい表情をしている。よく考えれば、ティナを見る度にモグがふかふかされているので、実は長時間拘束されているのかもしれない。
 魔導の少女は、普通の少女になったのだと羨ましく感じながらセリスはモグをからかう事にした。

「あら、モグ。考えようによってはティナからのプロポーズよ?ちょっとむしられても、ティナはきっと頬摺りしてくれるわ」
「ハゲはイヤクポ……(セリス、多分楽しんでるクポ……)」

 モグとウーマロは、ナルシェへ帰る事を決めていた。ナルシェの人々と少しでも仲良くなる事を願っているが、宴の席でジュンと何か話していたのを見たので、取り越し苦労かもしれない。

「モグ、本当にナルシェに帰るの?」

 セリスがそう聞くと、ティナが残念そうにモグを解放する。モグの隣で料理を頬張っていたウーマロの片に、モグがよじ登った。

「子分の面倒は、親分がみるものクポ!」
「……親分と、かえる。セリス、オレ、旅楽しかった」

 人語を解す雪男のウーマロは、椅子に座ると椅子を壊してしまうため、床に座ったまま振り向く。この宴の席で一番大人しいのは、実はウーマロかもしれない。

「私もよ、ウーマロ。ナルシェに帰っても、友達でいてね?」
「トモ、ダチ?」

 セリスが座ったウーマロの頭を撫でながら、片手を差し出す。照れた様子で、ウーマロはしきりにキョロキョロとセリスの手と顔を見比べた。

「そう、ずっと友達よ」
「ウーマロ、照れてないでお礼言うクポ!」

 ウーマロの肩によじ登ったモグが、ウーマロの頭を小突く。ウーマロは素直に頭を下げると、セリスの手を大きな両手で包んだ。

「……ありが、とう。オレ、セリスも、親分も、みんなだいすき」
「私もよ」

 軽く握手をした後、後ろに聞き慣れない子供が騒ぐ声がして、セリスは振り返った。エドガーの足下で、リルムとリルムより小さな女の子が何か喚きあっているようだ。
 エドガーは、フィガロ国王としてまた使命を全うするだろう。後継者問題もあるかもしれないが、宴でも遺憾なく発揮されたエドガーの口説きっぷりを見れば、心配する方がどうかしてると笑い飛ばせた。

「わたし、陛下とケッコンするのよ!」

 少女が、リルムとエドガーの会話にヤキモチを妬いてエドガーを隠すように前に踊り出ていた。リルムが溜め息を就いて、エドガーにキッと向き直る。

「……ちょっと色男!リルムよりチビな子まで口説いてんの?!変態じゃん!」
「リルム。その子は私の従姉妹でプリシラって言うんだ。仲良くしてくれないかな」
「い、従姉妹ぉ!?(せ、政略けっこんとか、そういうヤツ?)」

 リルムが驚いていると、プリシラが素晴らしく爽やかな笑顔でリルムに笑う。

「お母さんが王妃様になるよって言うから、陛下に聞いたら『大人になったらね』って言ってくれたの!」
「それは……色男も苦労してんのね」

 エドガーはフィガロで小さな女の子から熟女まで口説くと聞いていた。
 だが、小さな女の子という対象とは、どうやら身内のプリシラが騒いでいたからという程度のものだったようだ。許される範囲内と知っての気遣いからきた行動だったのかと、セリスはクスクスと口元を抑える。
 セリスが視線をずらすと、マッシュが豪快に食べている姿が見える。セリスの隣にあった鳥の丸焼き目当てで、マッシュが皿とフォークを持ったまま近づいてきた。
 結局、マッシュは、どうするかをまだ聞けていない。息子を亡くした師匠の元で修行に励むのかもしれない。フィガロに戻って兄を助けるでもいい。どちらにしろ、ストイックな彼には幸せが待つと信じている。

「お、これ美味そうだな。セリス、これ食ったか?」
「まだ。マッシュが食べてると何でも美味しそうに見えて困るわ」

 太りそう、と呟くと、マッシュは「セリスは痩せすぎだよ。俺の3分の1位じゃないか?」と言うので思わず笑みがこぼれた。

「セリス、どんどんいい笑顔になるよな」
「……そう?」
「うん、初めて会った時は、かなりおっかない顔してた」

 そう言って、マッシュが目を釣り上げる仕草をする。腰に手を当てたセリスが睨んで窘めた。

「ちょっと!」
「でも、再会した時は誰よりも希望を信じてたろ。俺だけじゃなかった、って安心したんだぜ」

 「はい、セリスの分」と言って、マッシュが切り分けた鳥の丸焼きをセリスの皿へ乗せる。皿に乗せられたもも肉は、香ばしい焦げ目をつけていて食欲をそそった。
 マッシュ自身は、豪快に切り分けた胸肉部分を大量に皿に乗せる。

「……それは、私も」

 呟きながら、セリスが恥ずかしそうに皿に視線を落とす。一口もも肉に手をつけて「美味しい」と微笑めば、マッシュも大きな一口で鳥肉にかぶりついた。

「だから、こうしてまたセリスが笑ってるのが俺は嬉しいよ。兄貴の次に信頼してる」
「それは光栄ね」

 兄貴の次、とはマッシュに取って最大の賛辞なのだと簡単に理解出来る。彼の人生を解放した兄は、いつまでも彼の目標に違いない。

「これからもずっと、仲間でいような! ……あー、ガウがあばれてるからちょっと行ってくるわ」
「あ、マッシュ!」

 照れ隠しに逃げたマッシュは、そのままセッツァーの近くではしゃぎ始めたガウを窘めに行ってしまう。
 いつの間にか、セリスの持つ皿の上にはもも肉のみで寂しくなっていた事に気がつく。サラダと魚介類を取り分けに行くと、カイエンが魚介類を皿に盛りながら酒をゆっくり楽しんでいた。
 声を掛けるとカイエンは、セリスに酒を薦めた。頭を下げて酌をしてもらうと、セリスもカイエンに酒を注いだ。
 ドマ国に戻るのだろうと予想しながらセリス。妻と息子、そしてドマ国全ての人々の墓石すら立てられていないのだから。

「カイエンはどうするの、これから」
「拙者は、ドマへ戻るでござるよ」

 やはりそうか、とセリスは酒を一口含んだ。アルコール度数の弱い白ワインが葡萄の香り豊かに広がり、優しい甘味を舌の上に残す。
 カイエンが、「ドマの酒もあれば良かったでござるが…」というので、セリスも興味を持って酒の話を暫くしていた。

「セリス殿も、ドマの美酒を味わいに来てくだされ」
「ええ、遊びに行くわ。……えっちな本は隠してね?」

 途端に慌てだした老侍は、後退りしてテーブルにぶつかる。中身が入っていたらこぼしていただろう、倒したグラスを元に戻して周囲を見渡した。

「ななな、なんと! 拙者そのような……! あ、これガウ殿、靴は脱いではいかんと…」
「……逃げられちゃった」

 先程から話題のガウは、獣が原に戻るのだろうか。だが、カイエンがあれだけ世話をしていた様子からドマ国に連れて行くかもしれない。いつか、狂ってしまった父に愛される日を夢見て。
 そんな事を考えていたら、話題のガウが素早く手足を使ったセリスの後ろに回り込んで隠れた。

「セリス、セリス!」
「あら、ガウ。だめよ、逃げてきちゃ」

 ガウが逃げてきた方向を見れば、マッシュとカイエンが追いかけて来るのが見えた。セリスのマント裾をぎゅっと掴んで、ガウは首を振った。

「ござるとカイエンが、追ってくる!」

 ござるはカイエンの口癖なのだが、なぜかガウの中ではマッシュの愛称となっている。セリスは未だにこの愛称に慣れないので、カイエンを2人想像してしまい可笑しくなってきた。

「こらガウ、待てっ!」
「ガウ殿待つでござる!」
「やだー!!」

 嵐のように走り去る少年は、このまま元気なのだろう。ガウも幸せに暮らせる世界になればいい、と願わずにやまない。
 ガウに引っかかれたのか、真新しい小さな傷を作ったセッツァーが歩み寄ってくる。
 元々傷だらけの顔の男は、ダリルの墓へ飛空挺を戻すのだろうか。どちらにしろ、空で生きる男だ。空こそセッツァーの帰る場所だろう。案外、新しい飛空挺を作る算段でもエドガーに取り付けているかもしれない。

「……ったく、ガキ共がうるさくてかなわねぇな」

 子供を得意としない節のあるセッツァーだが、なんだかんだ言ってリルムやガウといった年少組の世話を忘れる事は無かった。子供達にすら大人同士のように扱う事から、年少組の二人にはケンカ仲間のように慕われている。

「セッツァー、そんな事言って笑ってるわよ」
「……酒が入ってるからだよ。そういやリルムがまた下手クソな絵描いてたみたいだぜ」

 話題を変えようと、セッツァーがリルムを指差す。セッツァーの指を追えば、エドガーたちとはしゃいでいた筈のリルムが座り込んでスケッチブックと格闘していた。
 リルムは、ストラゴスと共にサマサの村へ帰るのだろう。魔法が消えた今、忘れられた村も開放的になると信じている。

「リルム。みんなの似顔絵描いてるの?」
「あはは、みんなあばれてるから面白くって」

 本当に楽しそうに生き生きと描かれた老若男女入り乱れての絵を眺める。その中に、ここにはいないはずの黒尽くめのアサシンと、利口な飼い犬を見付けてセリスは指を指した。

「……この絵、シャドウもいるのね」
「うん、やっぱり仲間じゃん?」

 嬉しそうにリルムが言えば、隣のストラゴスがいびきをかき始めたので、リルムがスケッチブックを畳んで画材をポシェットに入れる。


「……じじいが酔いつぶれたから連れて行くよ。セリス手伝って」

 絵に描かれたシャドウは瓦礫の塔でリルムを助けて以来、姿を見ていない。暗殺稼業から足を洗えればいいが、またコロシアムにいたら連れて帰って叱ろうと考えた。

「シャドウ、帰ってくるといいわね」

 ストラゴスが「リルムや…それはだめだゾイ」と呟くのに笑いながら、セリスがストラゴスを背負う。
 宴席でナッツイーターの服を着、マッシュを追い回した元気な好々爺は誰かに潰されたのかもしれない。意識がないからかなり重く感じたが、なんとかセリスは背負って行く事が出来た。

「リルム、インターセプターちゃんにまた会いたいな~。セリスもシャドウに会ったら、サマサに顔出してって言ってよね」
「ふふ、わかったわ」

 リルムと2人で仲間達の話をしていたら、ゴゴの話題で止まった。
 ゴゴは、シャドウと同じく姿を消した。宴が始まってすぐに姿を消したのだが、また元気に無理難題の物真似に挑戦している事だろう。

「そういえば、ゴゴもどっか行っちゃったよね。あんな凄い服装なのに、いつの間にか消えるなんてすごくない?」

 奇抜な服装の割に、気配を消す事が得意だったゴゴをリルムがそう評した。「確かに」と笑いながらセリスはストラゴスを背負い直して部屋の扉を開ける。

「リルムはゴゴってどんな人だと思う?」
「あたし、実は中身が女の子だったらいいなーとか考えてた」
「あはは、不思議だったものね」

 顔どころか、性別すら判らないゴゴ。リルムに言われて美女の想像をしたら、また可笑しくなってきたようだ。
 部屋にはいると、ストラゴスをベッドに下ろして首元を緩めてあげた。

「それより、泥棒見ないじゃん。あいつどしたの?」
「ロック? 酔ってストラゴスみたいに寝てるかもしれないわね。探してくるわ」

 宴の最初は一緒に居たロックが、いつの間にかいなくなっていたのには気がついていた。煙草でも吸いに出たのだろうと気にしていなかったが、長時間顔を合わせていないのでセリスは心配になってきていた。

「お若い二人はこれからイイとこなんだから、早く探しておいでよ!」
「ななな、何言ってるのよ!」

 顔を真っ赤にして、セリスは手元にあるものを力いっぱい握り締める。途端にリルムの方が慌てだした。

「首!じじいの首締まってるよ、セリス!」


 * * * * * *

(ロックは……)

 そして、探しに来て今に至る。

 



 想い人の名を考えた瞬間、風がプラチナブロンドの毛先を攫った。片手で抑えると、風に混じって流れていた砂の感触が指先に伝わる。

(また、トレジャーハントに、平和な世界中を旅しに行くんだろうな)

 ズキリ、と胸の奥が痛む。思い描いたロックの未来に、自分がいない。
 飄々とした彼は、セリスを守る為だけにどこか一カ所に留まれる人間ではない気がした。そして、止めてはいけない人間だという事も理解している。

(もし、普通の生活しようなんて言われたら、私がビックリするわね)

 覚悟の上で好きになったのではなく、好きで居続ける事に覚悟を決めていた。そんなセリスだからこそ、彼がどうしようと自由にさせるつもりでいる。

(だけど、私に残ったのはあの孤島とこの想いだけ)

 彼に帰るべき場所を与えようにも、帰るべき場所を作り、守る自信はない。軍人であったセリスは、普通の生活を知らないのだ。
 例え軍人に戻ろうとしても、人体実験で魔力を注入され、魔導を扱うルーンナイトとして生きてきたセリスは、存在意義がない。騎士訓練を行っていた彼女の戦闘延べ経験数は他者の比ではないが、世界は平和に向けて動き出したのだ。世界中が復興に力を注ぐこの世界で、もう戦争の必要もない。
 魔法が消えた日。それは自らの存在意義を自ら掴み直さなくてはならないとスタート地点に立たされた日なのだ。

(一緒に旅でも出来ればいいけど、レイチェルさんの事があるからイヤな顔されたりするかも)

 ロックが嫌がる顔を想像しようとして、夕食時のキノコを見た時のロックしか思い出せない自分が少し可笑しくなった。あまり他人にも仲間にも怒る人ではなかったせいか、怒る顔の想像はしにくい。

(何か、理由があれば一緒に旅するの許してくれるかしら)

 突然、後ろから肩に外套をかけられる。集中して考え込んでいたせいで、セリスは後ろの気配に全く気がつかずに驚いて振り返った。

「夜風は体に毒だよ、レディ」
「……貴方が風邪引くわよ、国王陛下」

 蜂蜜色の金髪を揺らす長身の美男は「名誉の負傷さ」と肩を竦めてみせた。
 見詰めていた筈の地平線がぼんやりと明るい。空の濃紺は、登る前の朝日に照らされて地平線をピンク色に染めていた。

「流れ星に願いでも懸けていたのかい」
「そんなにロマンチストじゃないわ」

 セリスが言いながら笑うと、エドガーが微笑む。「やはり、レディには笑顔が似合う」と気障な台詞を臆面もなく口にするので、セリスはブーツの爪先で軽く蹴る仕草をしてみせた。

「私、そんなに難しい顔してたかしら」
「身投げするんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」

 エドガーは冗談のつもりで口にしたのだろうが、セリスには笑い事ではない。ツンと澄ました顔で「お生憎様」と返すのが精一杯だった。
 エドガーがそれに少しだけ笑うと、静寂が訪れる。しばしの間、2人に言葉はなかった。

「……セリス、君の輝きは砂漠の海にいても光輝く星のようだよ。いっそ、フィガロにずっと居てみないか」
「ご冗談を、『陛下』」
「容易く心を動かしたりしないって返事だね。君が幸せになるなら、あの星だって撃ち落とすのに」

 セリスの気持ちを理解して言っているのだろう。初めてエドガーとセリスが言葉を交わした日を、彼女は思い出した。

――『ロックも過去に色々ある男だ。惚れたりしちゃいけないよ』
――『私とて軍人の端くれ。容易く心を動かしたりはしない!』

 当時を皮肉っているのだと理解したセリスは、口元を抑えて笑う。人が悪い国王だと思いながら、セリスは人差し指を立ててエドガーが言った同じ言葉を返した。

「シビれるね、その台詞!」

 参ったとばかりにエドガーが笑い声をあげるので、セリスもつられて笑い声をあげた。笑いすぎて目尻浮かべた涙を、指の腹で払う。
 笑いが収まると、2人は地平線を見詰めた。朝日はすぐそこだ。

「なるようにしかならないさ」
「え?」

 エドガーが何を言っているかが理解出来ずに、セリスが聞き返す。掛けて貰った外套が飛ばされないように、セリスは胸元に外套を手繰り寄せた。
 エドガーは朝日の光が溢れだした地平線を見詰めたままだ。

「ロックの事だ。なるようにしかならないさ。今までだってそうだろう」
「……そうね」

 静かに朝日が登る瞬間を待つ。ふと、セリスが両手を組んで目を伏せた。

「太陽に祈る、か。まるで新年のようだね」

 セリスは言葉を返さなかった。新年の祈りならば、自分自身への誓いにも繋がる。

(ロックがどんな選択をしても、)

 置いていくと言われるかも知れない。もしかしたら、彼の自由を奪ってしまうかもしれない。
 様々な憶測が脳内をよぎっては消える。セリスは、それを全て打ち消した。

(……私の覚悟が、揺らがないように)

 幸せになりたくて選んだ訳ではなく、一緒ならば不遇すら乗り越えられると信じた人を思い浮かべる。記憶の中の彼は、優しく笑っている。
 誰にも優しいロックだからこそ、彼の哀しみを分かち合えたらと考えていた。

(彼が私を守ってくれるように、私も彼を愛し続ける。…この太陽に誓って)

 これは、セリスの騎士としての最後の誓い。

「私も祈るよ、フィガロの繁栄と、君とロックの幸せを」

 エドガーが目を伏せて胸に片手を当て祈る仕草を見せた。

(願いは、どんな望みも願えるけど、誓いを捧げられるのは、祈りだけだから)

 太陽が登る。エドガーとセリスが祈る姿は、静謐で厳粛な雰囲気を漂わせた。
 年が明けるのはまだ先でも、今日がスタートラインである事に変わりはない。

 星に願うのは、叶えたい望み。
 太陽に祈るのは、実現すべき誓い。

 似て非なる[願い]と[祈り]の内容が、ロックとセリスの2人とも一緒である事を知るのは、そう遠くない。


- fin -