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境界線
<エドリル>
「お茶を出してくれたレディに聞いたら、丁寧に教えてくれたよ」
何事も無かったように碧眼の美青年は紅茶をすすりながらそう仲間に微笑む。どうせ手の早い王様が口説いたのだろう、と少女の周囲が苦笑いする。
まだ、彼女に恋と言う感情がなかったこの時。彼女は蜂蜜色の髪を結い纏める青年が物陰で侍女と話している姿を見つけてしまった。
「……誰にも、聞こえないさ。唇の裏に話せば」
そう言って高い身長を屈めて壁際に留め置いた侍女の唇を塞ぐ男の姿。見つけて、目が離せなくなったリルムにエドガーは横目で視線を送り、唇の近くに人差し指を当てて笑う。そして、もう一度リルムを見なかったかのように侍女へ情熱的な口付けを交わすのだ。
走って逃げたリルムの小さくて細い指先が、瑞々しい自分の唇に当てられる。
(何が、いけないの?)
彼の唇はどんなに近付いても触れる事が無い。それは少女の心に棘を突き刺していく。あれから、彼の気を引いてもリルムに近付く唇が彼女の唇に、肌に、触れる事は一度も無かった。
あれから、彼が情報収集として行う“行為”を度々見かける事があった。それでも彼は、見つかった事に罪悪感など感じないように口元を歪めて笑うだけで、また唇に人差し指を当てるのだ。
(言える訳なんてないのに)
彼にそういう仕草を取られる度に、『まだ早い』と諭されるようで、リルムは悔しかった。エドガーの唇が欲しいなら、その行為をリルムが言えるわけなどないと、彼はよく理解しているのだ。それを知っていて、彼は二人になる瞬間に唇を近づけてくるのだ。
「キス、する気なんか、無いくせにっ…!」
ボロボロと零れる大粒の涙。食いしばった歯に力が篭もる。彼は自分の魅力をよく理解して、それを上手く利用しているだけだ。手段を選ぶ暇など無いリターナーにとって、エドガーが持てる魅力の全てを上手く活かしているだけである。
彼女の瞳から零れた涙を掬って、彼はまた笑うのだ。
「ここからは入っちゃいけない」と。
心の中が彼の笑う青色の瞳に染まる。それは手の届かない空と海の境界線であるかのように、手が届かない深淵の蒼。
彼がその蒼色の瞳で柔らかく笑みを浮かべる限り、彼女に引かれた境界線を越えることは出来ない。
(リルムが、未成年だから?)
あの女性達は誰か一人でも彼の心を掴んだのだろうか。考えれば考えるほど、見せ付けられたようで嫌になる。彼女が手を伸ばしても、彼の笑顔が手に入る事は無い――今は、まだ。
* * *
(俺の何もかもが、嘘だと)
「あの子が知るのはいつになるのかな」
暗い昏い微笑みの青色は誰にも見つかる事無く。