「××××、××。」

[ First Ending for "The world where you alone do not exist." ]

第2話



 

「魔導回路を、ご存知ですか」

 医師が神妙に告げた言葉は、誰の耳にも初めて聴く言葉だった。

 

 

×み××、××。
[世界の果てにある淵に立って]





 元ガストラ帝国首都ベクタ。其処でセリスは静かに眠っている。
 他の仲間がセリスを見舞う中、ロック、エドガー、セッツァーは代表して医師の話を聴きにきている所だった。聞き慣れない単語をなぞるように、ロックがゆっくりと繰り返す。

「……魔導、回路?」
「はい、ケフカと同じ術式を取っている筈ですので、セリスさんにも恐らくある物と思われます」

 医師と並んで立ち会った元魔導研究員の説明を聴いた3人は、ただただ愕然とするしかなかった。

 ――魔導回路。
 それは、魔法を使えない人間が魔力を蓄える為に人工的に与えられた新しい試み。魔法の力は、扱えない人間に直接投与すれば、大変少ない量で使えない魔物化して死んでしまう。
 ならば身体が絶大な魔力に耐えられるよう補正をかけて魔力を蓄える器官を造る術が、魔導回路の始まりだった。

 研究の結果、魔力の無いところに置いた幻獣の細胞や血液は、近くにある魔力を取り込んで再構築を試みようとする結果が得られた。再構築は、母体とする身体がない為に失敗に終わったが、母体とする身体があれば成功するのでは、とモルモット――奴隷の一人――に少量試した結果、成功を収めたのだ。
 全身麻酔を打った身体中の血管に寄り添うように、幻獣の血を少しずつ注入し、拒否反応が出ると同時に魔力を流し込む。魔力の拒否反応を抑え、足りない魔力を補おうと、幻獣の血が血管のような細胞構築を始めて生まれたものが魔導回路だというのだ。
 ケフカと三闘神を倒し、この世界から魔の者が徐々に追いやられる新しい世界で、幻獣の血で出来た血管が自然界にある魔力すらも不足して来た事で収縮を始め、徐々に拒否反応を示してきている。長い間、魔導回路を強制的に身体へ付けていた為か、セリスの身体自身も魔導回路と一緒に緩やかに衰えつつあるというのが、研究員と医師の診断だった。

「……なんとか、その魔導回路だけを取り出す方法は無いんですか」

 祈りにも似た思いで、ロックはなんとか考えつく方法を言葉にする。緩く左右に振られた医師の頭は、静かにうなだれた。研究員は、躊躇いがちに顔を上げてロック達を見る。

「将軍が……あ、いえ。セリスさんが、軍部で処刑されそうになった事はご存知ですよね」

 サウスフィガロで処刑直前に捕らわれていたセリスを思い出して、ロックはそれまで抑えていた怒りを唇の端に滲ませる。だが、彼らは加害者であり被害者でもあるのだ。ギリ、と歯を食いしばるロックの肩に、エドガーが手を置いて研究員の話を促す。
 一瞬唇を噛んで眉根を寄せた研究員は、過去の出来事を語り始めた。

「……過去の例で、幻獣の魔力が落ち着かなくなり枯渇すると、魔力を求めて暴走し、魔物化する事例がありました。セリスさんはそれに耐えうる資質をお持ちでしたし、暴走しないよう魔力が枯渇しない方法として魔封剣を使用していましたから、そんな事はある筈無いのですが……」

 ガストラ帝国がツェン国への侵略戦争を終えて、軍部会議が開かれた日の事。ガストラ皇帝が降伏勧告もなしに侵略戦争を始めると言い出した事にセリスが異を唱えた。ケフカの唱える全滅戦にも近い侵攻法を、皇帝が高く評価した事も彼女が異を唱えるキッカケになったのであろう。
 セリスは必死にガストラ皇帝へと誓願した。

「陛下、どうか御再考を。民が居らねば皇は務まりませぬ。第一これ以上、急な遠征侵攻を掛けては兵糧不足で我が軍も長期戦に耐えられません」
「馬鹿ですねぇ、セリス将軍。そんなモノ、使い捨て! ポイポイポイポーーーーイ! 民なんて後で勝手に産んで増えるんですよ。軍だって魔導アーマーがあればイチコロ! ゼェェェーーー~~ンブコロス! 殺しちゃえば、反逆者なんていなくなりますよ!」

 そうしてケフカが赤い爪先で、ひとつの瓶をヒラヒラとセリスの目の前にチラつける。調合した紫色の薬剤を硝子瓶に詰めた物。それを見た瞬間に、セリスに見えるケフカの引き裂いたような唇の口紅が三日月形に歪んだ。

「幻獣用汚染毒……! ケフカ! 貴様、気が狂ったか!!」

 激昂したセリスが腰に携えた騎士剣をケフカの喉元を狙うように抜刀する。剣を抜き放つセリスに、ケフカの後ろで存在を消すように控えていたティナが両手をゆっくり正面に向けた。小さな詠唱に気がつき、魔封剣の構えにする為剣を引いた一瞬でセリスの敗北は決まった。
 ティナの手のひらから弧を描いて、炎上する魔力の柱が発せられる。橙色と緋色の入り混じる熱源は迷いなくセリスの身体を襲った。とっさの判断で自らの身体に凍結魔法ブリザドを放った事で炎自体は軽減化される。だが炎の、いや、小さな魔法に相対する魔力量の桁違いさに、身体を焼き尽くされる事だけを免れただけで精一杯だった。

「ああ、仲間に剣を向ける背信行為! なんて事でしょう、皇帝!」

 セリスが意識を失う前に聞いた音は、ティナの能力を高く評価する皇帝の声と、ケフカの耳障りな高笑いだった。

「その際、ケフカはセリス将軍を魔導回路の暴走と位置付け、魔物化する恐れを孕んだ為に処刑という手続きを取られました。

……実際、ケフカは人間ではなくなりましたからね」

 セリス本人すら知らない事実に、全員が固唾を飲む。彼女が自然界からも魔力を補給出来なくなれば、ケフカのような魔物へ変貌する可能性を秘めているというのだ。

「……そりゃ、お前、つまり……」
(……俺達に、セリスを殺せと言うのか?)

 セッツァーが口ごもる先は、誰にも思い当たる簡単な結論。余りに明快な結論に、全員が愕然とする。ぶつけようの無い臓腑の煮え様に、ロックは上手く思考が回らない。3人の顔から血の気が引いた事を察した研究員が「後を続けてもよろしいでしょうか」と確認した。
 セッツァーがロックが羽織るジャケットの背を拳で軽く殴って、ロックの意識をこちら側へ戻す。はっとしてセッツァーと視線を合わせたロックは、研究員に視線を戻した。

「すまない、話を続けてくれ」

 まだ、先に手掛かりがあると信じて。