生きている限り、長い物語は続く。
空の青さが戻っても旅を続ける彼らの物語は終わらない。
そんな彼らの休息の日。
Lock × Celes
2人のストーリー
休息と決めた日には、彼らは待ち合わせ場所を指定しない。
その時気に入った店の前でパン屋でお気に入りのパンを買って、相手の待つ宿の中へと向かうのがいつもだ。
いつからか習慣になった早く起きた方が買いにいく休日のルールも、二人同時に目覚めてしまえばデートに早変わりする。
「セリス、さっき面白いもの見たぜ」
「どんなの?」
さも面白そうに笑ってロックは左の人差し指を立てると、人がいる所じゃ言えないと言いたげに彼女の唇に指をあてる振りをした。
何の事を指しているのか、彼の持つパンやサンドウィッチの詰まった袋を見ながらセリスは首を傾げる。
すると、彼は視線だけで合図してパン屋の袋を投げて寄越した。
口先を使って、ロックが器用に左手だけ革の手袋を外す。
その手袋を腰のベルトに適当に挟むと、彼は袋をセリスから取り返した。
「サンキュ」
「どういたしまして」
両手が空いた事を示すように、セリスが胸の辺りまで上げた掌を開いてみせる。
倣うようにセリスも自分の右腕の手袋を外すと、彼よりは丁寧な扱いで腰のポーチに手袋をしまい込んだ。
数日間確保した宿までの道程をゆっくりと歩く。
自然と絡まる指は、お互い片腕だけ手袋をつけていない。
直に触れるお互いの熱量に嬉しくなって、口元を弛ませた二人はいつもよりご機嫌だ。
「ここで食べちまうか」
ロックが右腕に抱えた紙袋に視線を落としてから、セリスをと噴水前のベンチを交互に見た。
紙袋の中にある焼き立てのくるみパンや新鮮なレタスを挟んだサンドウィッチは、確かに早目に食べた方が更に美味しいだろう。
しかし、繋いだ手を離すのが勿体無くて彼女は軽い抵抗をしてみせた。
「片手じゃ食べづらいわ」
「交代で食わせるのは?」
「な、何言ってるのよ往来で」
思い付きにしては名案だと言う様に彼の口元は笑っている。
ただ困らせたかっただけなのだと解ると、ご機嫌だった彼女は頬を桜色に染めて視線を逸らす。
その反応が嬉しくて、ロックはまた笑った。
商店街の脇道に入って、一般的な居住区に入る。
石畳の道を歩けば、二人の両側には庭の花々を手入れをする主婦達の姿。亀裂が入っていた道は舗装され、崩れた花壇が造りなおされている事に彼らは優しく目を細めた。
この宿を使う時に必ず通る曲がり角には一匹の犬が繋がれている。
腕を交差させて伏せ寝そべっていたはずなのに、彼らの足音を聴いた途端、勢いよく起き上がり吠え出す。
「ったく、なんなんだ」
思い切り彼に向かって吠えるので、慣れてはいても驚くらしい。
それを見てセリスはさも可笑しそうに噴き出した。
「あそこの犬、ロックに必ず吠えるわよね」
そういって口元だけを歪めて含み笑いをする彼女に、片眉だけを下げて彼が口を尖らせる。
先程彼女を困らせた仕返しなのだろう、何遍も吠える番犬に向かってセリスは嬉しそうに手を振った。
「嫌われるような覚えなんかないぜ」
「私一人の時はいつも甘えた声よ」
残念でしたと言わんばかりに、勝ち誇った微笑みを見せる彼女は年相応だ。
勝ち誇られたままにしていてもご機嫌でいいのだが、二人で居る時は童心に返ってしまう為、ロックは一言余計に足してしまう。
「セリスだって向こうによくいる茶トラに逃げられてただろ」
曲がり角で犬が見えなくなった頃、ロックがそう反撃に出る。
すると彼女のご機嫌は簡単に崩れ、繋いだ手を小さく振り回しながら抗議した。
「見てたの、ひどいわ」
「俺の時は腹見せて撫でさせてくれるぞ」
宿のふたつ手前にある雑貨屋の裏では、積み上がる在庫の木箱や樽で一匹の猫がよく寝そべっている。
セリスは一人の時に、こっそり魚を与えてみようとして逃げられてしまうのだ。それも一度や二度ではない。
今度はロックが勝ち誇った顔になると、セリスは繋いだ手をそのまま彼の鼻先にぶつけた。
「いって」
自分の手の甲が顔に当てられて、鼻先を少し赤くしたロックはセリスを横目で見る。
彼女もやりすぎたかと横目で彼を見るので、お互い様なのだろう。
そんな軽い喧嘩をしても結局、宿に入るまで互いに繋いだ手は離さなかった。
部屋に着くと買ってきた紙袋を備え付けのテーブルへ下ろす。
「飯先にするか?」
「少しさっぱりしたいわ」
「じゃあ、後で」
そう言って二人が一旦別れる。買ってきたものも焼き立てというには時間が経っていたので、ロックは一階に降りてサンドウィッチを宿の女将に預ける事にした。
先に食べてしまっても良かったのだが、折角の休日である。
耳の落としたパン部分だけでも彼女が上がってくる頃に合わせて焼いてもらおうと思ったのだ。
テーブル席の椅子に腰を下ろし、ロックは近くにいた長い黒髪の店員を呼んで紙袋を渡す。
「これ少ししたら焼いて貰えないか。その時に飲み物も頼む」
「はいはーい。あら、さっき見かけた人ね」
女店員の顔に見覚えがないロックが首を傾げると、彼女はくすくすと笑いながら紙袋を受け取った。
そして女は受け取ったばかりの紙袋を指して「ここで」と笑う。
彼がそうなのかと答えれば、店員は肩を竦めた。
「これの温めはサービスしてあげる。だから、誰にも言っちゃダメよ?」
「なんのことだ」
「とぼけちゃって。それとも内緒にしててくれてるって事かしら」
待ち人が来るまでにはもう少しかかるだろう。
単純に何を言いたいのか興味が湧いた彼は、暫しの会話を楽しむ事にした。
■□■
宿の浴場は小さなもので、交代制になっている。
夜に入ろうとすれば待ち時間で困る事も多く、彼女は昼か夕方の間に入る事にしていた。
湯船から上がったセリスは細い金糸にタオルをあてて丁寧に水分を吸い取らせていく。
身綺麗になった自分の顔を鏡で確かめると、肌で弾いた水分が顎から伝い落ちる所だった。
丁寧に拭いてから一階の酒場に降りれば、待ち合わせの主はテーブル席だ。
「ロッ……」
声をかけようとして、彼女はそれを止めた。彼はセリスが湯浴みをしている間に黒髪の女性と楽しそうに会話をしている。
テーブルに頬杖をついて知らない笑顔をその女性に見せているのが癇に障って、さっぱりしたばかりの気分も泥まみれだ。
そんな彼女の不機嫌も露知らず、ロックはセリスを見かけると嬉しそうにここだと片手を大きく挙げた。
セリスが近付いて確認する前に、黒髪の女はロックと互いに小さく手を上げて別れる。
あからさまに大きく椅子を引いて彼女は木製の椅子をギシリと鳴らしなて座った。
目の前に来れば彼女が不機嫌である事にようやく気が付いて、ロックは何事かを尋ねる。
「なにかあったのか?」
「エドガーよりもナンパがお上手ね」
「は? 誰のことだよ」
「さっき楽しそうに黒髪の人とお喋りしてたじゃない」
肌も目も髪も薄い色味の自分より、もっと肉感がある色味の肌色や髪色が好きなのだろうかとセリスが不機嫌に考える。
すると、今度はロックが変な表情をした。
「喋ってただけだろ?」
「なによ、デレデレ笑ってたじゃない」
自分で言っていて嫌になるのは解かっていても、多少感情的になっているセリスには止められない。
嫉妬しているのかと解って思わず嬉しそうに口元を弛ませてから彼は尋ねる。
「俺、そんなに笑ってたのか?」
「知らないわよ」
(セリスの自慢してたらそんなに顔弛むのか、気をつけるか)
怒っているセリスの表情が一段と可愛らしく見えるのも、致し方が無い。
思わず自惚れてしまいながら、今度こそ弛んだ顔でセリスに向けて彼は笑う。
不機嫌に無言で温めたサンドウィッチを手を付けたセリスも、頬張れば美味しいと呟いて機嫌が穏やかになる。
苛々した時程空腹は敵なのだ。
不満げな表情から諦めたように拗ねた視線をサンドウィッチに投げかける。
耳のない食パンのサンドもいいが耳があるのも捨てがたいとロックが言えば、セリスは首を傾げた。
「それなら、耳がある奴にしたらよかったじゃない」
「理由があるんだよ」
イタズラが成功した少年の笑顔でロックが唇を横に広げて笑う。
部屋に帰ったら教えるの一点張りで、何を言っても口を割らない。
結局、何の話をしていたかはその場で教えて貰える事は無かった。
食べ終わって食後のコーヒーに口を付けていると、近くを通りかかった男がセリスに片手を上げた。
それを見かけて今度はセリスが笑顔になる。
「ちょっと席外すわね」
「ああ」
どんな男だろうとロックはコーヒーを啜るでもなく頬杖をついて観察した。
腰に長剣をぶら下げて多少日に焼けた肌と筋肉質な上腕二頭筋を見る限り力勝負が得意そうな傭兵の風体。
腕の筋肉がロックとてあるものの、一回りは上をいく逆三角体形だ。
生業が違うので比べる対象は違うのだろうが、自分とかなり違う男と話すセリスを見るのは嬉しいものではない。
楽しそうに話し込んでからセリスは一瞬だけロックを見る為に振り返る。
視線を合わせないように何気なく逸らして待っていると、セリスはそれからすぐに戻ってきた。
「今の男、知り合いか?」
「ええ、昨日一日一緒だったのよ」
楽しそうな笑顔で一日一緒、と言われてロックも気分がいいわけではない。
しかし剣を生業としていれば誰かと共に組む仕事もあり、知り合いが増えるのは当たり前の光景だ。
「ふーん」
嫌な表情を外に出すわけでもなく、値踏みするようにロックは話題の男をちらりと見やる。
あからさまに表現するのは大人気ないかと考えつつも、思わず態度に覗かせたそれにセリスが気付く。
「浮気でも疑っているの?」
「俺は心が狭いんだ」
呆れ声で見抜いてきたセリスに悪びれもせず彼は答えた。
彼女もこれでは一方的に自分が悪いように見えるではないかと口を尖らせる。
「じゃあさっきの人はなんなのよ」
お互いに自分ばかり悪いではないかと、軽い苛立ちを含んだ声音を出す。
言い訳をするでもなく責められている気がしてロックは投げやりに答えた。
「名前も知らない」
「名前も知らない人にあんなデレデレ出来るのね」
「なんだそりゃ」
「私は心が狭いのよ」
同じ返しをセリスがすれば、毒気が抜けて互いに見詰め合う。
気が付けば、怒っているのも馬鹿らしくなったのかロックは軽く噴き出してまた笑い出した。
可笑しそうに笑うロックに腹立ちが収まらないセリスは、口を尖らせたままそっぽを向いて立ち上がる。
「ごちそうさま」
彼女の背中を見送ってこれは何か機嫌を直すものが必要だと腹を抑えて笑う。
ご馳走様と同じく硬貨を数ギルテーブルに置いて立ち上がったロックは、宿から先程のパン屋までの道程を戻るのだった。
部屋に戻ったセリスは苛立たしげにベッドへ腰を下ろす。
大袈裟に座ったせいで埃がきらきらと舞うが、それよりも自分の金糸が煌めいている方が気になった。
「もう、なによ。黒髪が好きなら素直にそう言えばいいじゃない」
それ位で怒ったりなんてしないわ、などと口にしつつも言われてしまったらやはり悲しい。
言わないでくれているのが優しさなのだろうか、黒髪に染める方法を試したら彼は怒るだろうか、と思考は空回りするばかりで要領を得なかった。
日も暮れきって夕飯も食べずに彼女は翌日の準備をする。
「これはいらないわね。やだもう、これガラクタじゃない。おじいちゃんのポケットじゃないんだから……」
住む家でもあれば飾っておけるのかもしれないが、二人は旅暮らしだ。
必要最低限の物に絞らなければ身動きがとれなくなる。
二人の大きなバッグを漁りながら、セリスは収集癖のあるシドを思い出す。
子供の頃は魔法のようになんでも出てくるポケットだと思って憧れたポケットも大人になれば整理が出来ていないおもちゃ箱だ。
「男の人ってみんなそうなのかしら」
溜息混じりに片付け終えると、捨てる前に必要かどうか確認して貰おうとガラクタの山をテーブルに並べた。
実際、ただのガラクタに見えても本当は必要なものがあるかもしれない。
その判断が出来ないという事位は彼女も理解しているのだ。
「私だって手当たり次第勝手に捨てられたら困るものね」
それ位は大人なのよ、と自分に言い訳をしつつもロックが解かり易いように整理しておく。
結局どんなに怒ったとしても彼が困る事は出来ないのだ。
溜息を吐くと部屋の扉にノックの音が響く。
慌ててセリスはベッドに潜り込んで寝たふりをする事にする。
毛布越しに木製の扉が開く音が聞こえた。
「なんだ、寝てるのか」
ガサガサと何かを買ってきたのだろう紙袋の音がする。
何を買って来たまでは解らないが、それを開ける様子は聞こえない。
テーブルを見たのか、ロックの言葉にならない呻き声が聞こえる。
陶器や金属や木片、紙の音が乱雑に混ざりあい、ある程度適当に片付けているだろうというのは音だけで様子が解った。
音が止むと、セリスの背中周辺が僅かに下降する。
下降した範囲からロックの掌が背中付近に置かれた事を予測した。
「セリス、起きろよ。温かいうちに食おうぜ」
(呆れた。食べ物で機嫌が直ると思ったの?)
ロックが軽く揺すっても起き上がる気配はない。
少し考えてから、彼は思い切って毛布をはぎ取る。
するとセリスは壁を向き背中を見せる様にうずくまっていた。
「機嫌直せよ」
寝ているわけではないのだろうと考えて、もう一度声を掛けてみた。
本当に寝ていたら怒られるかもしれないが、それはその時で考えればいいと彼は思っている。
髪を撫でようと指先で彼女の金糸を掬えば、その手が軽い力で叩き落とされた。
少なからず小さな苛立ちを覚えたロックが思い切って彼女の身体をひっくり返す。
驚いて目を丸くしたセリスの顔を見たら、苛立つのもどこへやら思わずまた笑ってしまった。
「やったわね」
手近にあった枕で軽く応戦すると、それを抵抗なく彼は受け止める。
枕を落とさないように抱き留めてベッドに放ると、今度はその手にセリスの手を捉まえた。
「ほら、さっきの説明するから」
「説明?」
オウム返しにセリスが訊ねれば、綺麗になったテーブルの上には紙袋がひとつ。
立ち上がって近付けば揚げたてのいい香りが漂った。
「あそこのパン屋、ラスクを売ってるんだ」
「そうなの? 注文しないと出てこないのかしら」
店先にラスクが並んだ様子が思い出せずに首を傾げていると彼がそうじゃないぜと紙袋を開けた。
パンの耳を揚げたラスクにシュガーパウダーとシナモンが振られている。
シナモンの薫りがセリスのお腹をくうと鳴らした。
「ほら」
ひとつ摘まんでセリスに渡すと受け取って口に含む。
宿に来るまで冷めていないということは本当に揚げたてなのだろう。
口の中いっぱいに揚げたての香りと砂糖の甘さが広がった。
「美味しいけど、これとどういう関係があるの?」
やはり空腹は敵なのだろう、熱いラスクを飲み下してセリスが聞けば、嬉しそうに美味いだろとロックが言う。
彼もひとつ摘まんで口にしてから、説明を始めた。
「これ、子供にしか売ってない内緒のオヤツなんだよ」
「へ?」
この街の大人なら誰でも知っているのだが、大人に見つからないようにこっそり買いに来た子供がお小遣いで買える程度の値段で買えるものらしい。
だから、子供がパン屋の前で辺りを見回していたら大人はわざと見ない振りをする。
たまに旅人に見つかってしまう事もあるので、子供にしては細心の注意を払って買いに行く大切な冒険だ。
「それで偶然見た俺が、ラスクは子供用かって聞いたんだ」
確かにセリスが他のパンを選んでいる時に何事か彼が店員と話していた憶えがある。
地元の大人たちは、子供の為にわざとパンの耳があるサンドウィッチを買って、パンの耳を落として貰うそうなのだ。
「それで昼間はパンの耳がないサンドだったのね」
「そうなんだ。そのサンドであの店員にバレちまったみたいでさ」
旅人でパンの耳をわざと落として貰う人間は少ない。
パンの耳が元々ないサンドウィッチも売っているが、女店員が見慣れていてパンの耳が必ずあるタイプのサンドだとすぐに判られたのだ。
子供達の為に話を周りに聞こえる所で広めないよう釘を刺しに来た、というのが真相である。
ついで一緒にいた彼女が綺麗だと言われてまんざらでもない表情をした事は黙っておく。
「だったらすぐに教えてくれても良かったじゃない」
一人だけ仲間外れだったのかと思うと、セリスは拗ねたように備え付けの椅子に腰を下ろしてもうひとつラスクを摘まむ。
ふと口に含む前にもう一度そのラスクを見直す。
これは子供の為に作られたラスクだ。どうして彼が買ってこられたのだろうか。
「ねぇ、これって子供用なんでしょう? どうやって手に入れたの」
「……いや、その」
どうにもロックの歯切れが悪い。
隠すつもりではないのだろうが、言いにくいという事なのだろう。
いい仕返しを思いついて、セリスが立ち上がる。
「じゃあいいわ。下の店員さんに聞いてくるから」
「待った、待った!」
そのまま本当に扉を開けてしまいそうなセリスの肩を掴み、ロックが観念した表情でテーブルに後ろ手を着く。
その様子が可笑しくて、彼女はくすくすと笑う。
「ラスクの事黙ってたら、セリスと喧嘩したって言ったんだ」
「パン屋の店主さんは何て?」
「『これからは大人にばれないように気を付けて』だとさ」
店主の物言いが可笑しかったのか、そのままセリス腹を抱えて思い切り笑い出してしまった。
ロックもある意味で子供扱いされたのだ。
そんなに笑う事ないだろう、とロックが憮然とするが緊張の糸が完全に解けてしまってなかなかセリスは笑いが収められない。
「これで子供が出来たら子供と一緒に買いにいけるわね」
「その後下の店員にも笑われたし、散々だぜ」
笑いを収めようとセリスはラスクをひとつ手に取ると、ロックもそのラスクに視線を落としたのでそのままロックの口へと放る。
自分は後からもうひとつ摘まんだラスクを口に含んだ。
カリカリ、と小気味よい音が響いて美味しさに怒りも呆れもどこかへ行ってしまう。
「そういえば、テーブルの上にあったものは必要だったの?」
「適当に処分した」
「今度はあまり溜めこまないでよ。置いておける家も無いんだから」
「家、か」
ロックが繰り返した単語で、彼らは家があった場合の未来に思いを馳せる。
一緒に同じ家で暮らし始めたら何かが変わるだろうか。
ロックは先程セリスが子供が出来たらと言った事で子供と一緒にいる生活を考えてみる。
単純に楽しそうだと考え、具体的にどうやって叶えるかという算段ではないが漠然とそうしたいという気持ちを片隅に置いた。
セリスは家があればロックの好きな物を置いてあげられる事や秘密の探索話も気兼ねなくしやすい事を想像し、実際に手に入れるには大変そうだと考える。
そこまで考えてから、セリスは昼間に再会した男戦士とした話を切りだした。
「そういえば昼間に下で男の人と話したじゃない」
「ああ、あの傭兵風の」
「あの人もうすぐお子さん産まれるんですって」
「そりゃ、めでたいな」
彼が恋人かと聞かれて恥ずかしそうに「そうなの」と答えた紹介したが、奥さんの下へすぐに帰るそうで直接紹介出来無かった事を説明する。
セリスなりに家があってもこういった傭兵稼業が出来るという説明のつもりだったのだが、ロックはそれどころではない。
浮気どころか彼女も彼女でこっそりと恋人自慢をしていたのだ。
嬉しくて緩みっぱなしになった顔が戻らなくなりそうだとさえ思った。
「……だそうなのよ。ってもう、聴いてるの?」
「聞いてる聞いてる」
窘められて我に返るが、「家もいいなー」と呟いてまた未来に思いを馳せる。
新しい冒険に心躍る時と似ているようで似ていない楽しさ。
まだ見ぬ幸せがもっとあるのだと見つけられた事が、心から嬉しいのだ。
誰かの代わりでは出来ない二人が紡ぐ物語。
真新しい地図に書き込みを増やすように思い通り新しい未来を紡いでいく。
最後の冒険までどれだけ書き込みは増えるだろう。真っ黒になって文字も潰れて読めなくなるかもしれない。
「夕飯食ったら、家が買える位のお宝探し準備でもするか」
「それは大冒険になりそうね」
いつまでも、お互いの横にお互いがいると信じて物語は続く。
生きている限り綴られる二人の物語。
そんな物語の合間にある、休息の一日。
-fin-
Request by Image song "2人のストーリー/YUKI "
2014/01/26公開