fortunate maple

[しあわせは蜂蜜色]

  2010ロック誕



世界崩壊後
ケフカを倒した世界。

平和なこの世界には
もう、魔法はない。

人間の力で、

眠り

目覚め

 生きていく。


 かつてのガストラ帝国だった都市ベクタの復興を手伝っていたセリスにも、3年の月日が流れていた。仲間は世界中で、復興に尽力している。
 そう、人間の手で、大地は、人は、復興を遂げ続けていた。

「セリス、お茶にしようぜ」

 数年経っても、この男は変わらない。30歳近くなっているというのに、いつまでも若々しい彼は、頭に巻いたバンダナを外してセリスの横に腰を下ろした。

「市街地はとっくに復興したのにな」

そう感慨深げに呟くロックは、ゆっくりと周囲を見渡した。
 此処は復興最後の場所、魔導研究所。ガストラ帝国の所有地であると共に、セリスが育った思い出の土地だ。そして、2人にとっても――。

「それにしても、本当にいいのか」
「ええ、私の家は、あの孤島よ――」

 シド博士の所有地部分があるため、最後まで復興が行われなかったこの場所も、セリスが孫として名乗り出た事により、ようやく復興が行われようとしていた。忌まわしい魔導研究所としてではなく、一部はフィガロと共同で起こす鉄道開発所、一部は、映像通信所として。
 この世界は、ずっと変わり続けている。2人はお互いの知識を持ち寄り、或いは仲間達と集い、世界を復興以上の発展させてきた。それは、この世界全てを愛するが故に。

「あー、こう疲れて来ると偶には甘いもんとか食いたくならないか」
「それもいいかも。あ、新しく出来たドーナツ屋さんがあるのよ」

 他愛ない会話、それが2人の幸せ。ずっと激動の時代に翻弄され続けた2人は、何か目標をもって動き続けていなければ離れてしまうのではないか、互いに言わずとも共通の不安を抱えていた。

(俺と違って、セリスは休みなく生きてきた。急な自由は、普通の生活をした事がないセリスには苦痛だから――徐々に、変えてやらなくちゃな)
(ロックは、自由な人だから、何もなくなったら、どっか行っちゃうかもしれない。その時、私には――着いていける自信がないの)

 2人が互いに互いを思い合っている事には今も変わりはない。互いを理解しようとし続けたからこそ、生まれる悩みもあるのだ。
 セリスが幸せに微笑めるのは、ロックが隣に居続けているから。ロックが飛び立つ事をしないのは、セリスを――世界から護りたいから。

 不安定な2人は、不安定な世界で、今日もささやかな幸せを求め続けていた。


 セリスは、この3年でようやく休む事を覚え始めた。ロックは「俺の真似して休めばいい」と笑うが、動かないと不安になる彼女を責めたりは決してしない。こうして休める日も、セリスはいつも鉄道開発研究所の人員配置の表や、作業工程表と向き合っているのだ。
 ベクタに来てから、2人が過ごせるだけの居住空間を一部作り、今はシドが愛した温室の近くに2人で過ごしている。緊急の時に何があっても飛んでいけるように、という理由は表向き用である。ロックは、せめて、セリスの過去の記憶が2人で過ごす事によって薄らげば、そして、この生家でもある研究所を、作り替える寂寥感を少しでも取り除ければ――と願っているのだ。
 いつもなら忙しそうにしているセリスだが、今日は珍しく仕事のメモを開かない。いい傾向だ、とロックはこっそり微笑んでいた。

「あ、ねぇ。ロックって秋生まれなのよね」
「ん、急にどうしたんだよ」
「あ、あの、ね。聞いて欲しい事があるの」
「なんだよ、改まって」

 セリスがリビングの椅子に腰をかけるのを見て、ロックは自分の飲み物と一緒に向かい側に腰を下ろした。相手を祝うのは好きだが、彼に自分の誕生日を祝う習慣が全くない事から、自分の誕生日に興味がなかったロックは少しだけ驚いていた。

「私、ロックの誕生日お祝いしてみたいのよ」
「別にいいけど、かしこまってするもんでもないぞ」
「そ、それで…」

 言いにくそうにするセリスをゆっくりと待つ。ロックは、色んな普通の生活に興味を持つのは良い傾向だと、セリスの変わり始めを喜んでいた。

「お、お料理……、覚えたくて……」
「いつも作る奴じゃなくて?」

 野営の食事は作り慣れたセリスだが、ベクタで暮らすようになってから1年。セリスはロックが作る料理を教えて貰い、少しずつ一般家庭の料理を覚えてきた。味もそれなりで、最初と比べれば格段に普通の女性らしくなってきている。

「……お菓子、作りたいの」
(あぁ、そうか)

 ロックはまるで父親のような気持ちでセリスを見詰めた。本当ならば、ロックではなく、セリスに家族がいればそちらを頼りたいのだろう。本来ならば、ロックに言わずに作りたい筈だ。お菓子の本がセリスの手元にあるのを見つけて、ロックは微笑んだ。何度も捲られ、何時間も開かれたとおぼしきその本を、ギュッと握るセリスに愛しさを感じた。

「ティナも、忙しいみたい、で。料理の本なら、解るようになったんだけど…お菓子の本って、なんか…異世界みたいなの」

 素直な気持ちを込めて、恥ずかしそうに俯くセリス。それは、普段のキビキビと動く仕事姿からは想像もつかない程に、女性らしかった。
 ロックは少し考えて、近くからメモを一枚取ると、すらすらとペンを走らせる。メモを書き終えると、立ち上がってセリスの脇に立つ。メモを渡してセリスの座る椅子の背に手をかけた。

「俺の好きなお菓子の材料。当日になったら、一緒に買いに行こうぜ」
「当日で、間に合うの」
「たっぷり作るから、腹減らしておけよ」
「え、ちょっと」

 振り返るセリスに、それ以上を言わせないように、そっと彼女の顔を自分の胸に押し付ける。ギュッと抱き締めると、観念したのかセリスもロックの背に両手を回した。ゆっくり、お互いの体温を感じる安らぎを噛み締めつつ。


「こんなに買うの」
「いっぱいいるんだよ」

 ロックが笑いながら抱えた紙袋には、小麦粉やバター、砂糖等が大量に詰められている。セリスが持たされたのは大量の卵とバナナが一房、ココアパウダーのみ。重いものは全部ロックが持っている。

「俺、壊しそうだからセリスが卵な」

理由を付けて、重いものを全てロックが持つと、セリスが不満そうにロックの横に立った。「私も持てるわよ」と軽く抵抗するが、「卵壊れたら大変だろ」と笑って軽くかわすのだった。
 部屋に戻ってすぐに、2人で買い物した中身をテーブルに広げ始める。紙袋から取り出した小麦粉や砂糖、卵、バター等が、所狭しと大量に並べられた。

「セリス、デカい鍋あったよな。それとフライパン用意して」
「お鍋? 何を作るの?」
「こっから大変だぞ~」

 ニヤニヤと笑いながら内容を教えないロックに、鍋を見せて確認を取ると、「バッチリ」と了解をもらう。ロックは大きなボールを何個も並べていく。泡立て器を2本用意して、セリスを手招きした。

「まず、卵割るだろ。白いのはとっても取らなくてもOK」

 そう言って、ロックは自分の目の前にある大きめのボウルに、卵を立て続けに割り入れた。10個以上入った所で、セリスが流石に慌てだす。「大丈夫、大丈夫」と笑いながら卵をボウル8分目まで満たすと、次は鍋に火をかけた。

「ここでバター。どーん」

 バターの外箱と包装を取っただけのバター丸々一本を、惜しげもなく入れていく。バターが6本程入った頃には、溶かしバターの海が出来ていた。

「これからが辛いんだけどさ。あ、いまのうちに皿とフォーク出しておけよ」
「う、うん」

 セリスは食器棚に駆け寄って、皿とフォークを出す。振り返ると、物凄い勢いでロックが卵を泡立て始めていた。

「ちょっと、それ、全部泡立てるの?」
「そ、歌でも歌わないとやってられないな。で、セリスにはこれから計りで小麦粉を量って貰おうか」
「え、ええ……」

 明らかに自主制作と思われる歌を歌いながら、セリスに計りの使い方を教えていく。初めての経験に、戸惑いながらも一生懸命覚えようとする様を見て、子供に教えてるみたいだと心で笑う。それも全部、彼にしてみれば愛しいとなるのだろうが。

「小麦粉と、卵と、お砂糖…ね。混ぜながらちょっとずつ牛乳を足す。…こんな感じかしら」

「そうそう、そんな感じ。ダマにならないように…っと、こーいう混ざって無い小さな小麦粉の塊を、ダマっていうんだけど。それを見逃さないように混ぜていくのな」

「うん。……結構難しいのね。」

 2人が混ぜ終わると、セリスには温めたフライパンの前に立たせた。おたま一杯分を掬うと、バターを塗って温めたフライパンにそっと流し込む。

「こーやって流し込めば円になるから。で、ぷつぷつと気泡が出来たらひっくり返して弱火。これ、ありったけな」
「上手くひっくり返らないわ」
「何度もやってみろって」

 後ろでロックが、セリスの作った一部を小さなボウルに移し替えていた。バナナを一口大に切ってそれに足し、ココアパウダーを少し足す。

「上手くひっくり返せるようになったら、こっちも焼いてみろよ」
「う、うん」

 セリスの返答から、自分に手一杯なのが分かり、また微笑みがこぼれた。一枚、二枚、三枚。次々と出来てゆく焼きたてパンケーキ。セリスもパンケーキを返すのが上達し始めて、段々と焦げ付かせずに焼き上げていく。

「お菓子の基本みたいなもんだから、これでこれから作ってけばいいだろ、毎年」
「……毎年?」
「おう、楽しみだな」

(これからも、ずっと一緒)

 このパンケーキがスタートで、2人で楽しみを共有していける。そう感じた2人の幸せを、最後に乗せる蜂蜜色のメープルシロップがテーブルの上が主張するように窓から差し込む光を浴びて煌めいていた。


 そんな時、部屋の扉をノックする音が聞こえてロックは「入れよ」と大声を出す。セリスが驚いて扉を見ると、挨拶と共に入ってきたのは、かつての仲間達だった。セリスは仲間達が来る事を全く知らなかった為に手が滑りそうになる。

「もうすぐ出来るから座っとけよ」
「エドガーやマッシュ達と一緒に来れたから、サラダとかオードブル買ってきちゃった」

 天真爛漫な笑顔で翠の髪を高く結い上げたティナが、男性2人に持たせた袋をとってご馳走を並べ始める。「いい匂いだな」とエドガーが微笑めば、「美味そうな匂いで余計腹が減るな」とマッシュも笑った。

「よっし、俺もやるぞ。見てろよ」

 セリスが大体を焼き終えた時に、ロックが泡立てた大量の卵を溶かしバターの海に流し込む。大きな鍋で煮るようにして膨れ上がった卵を、一気に、2つに畳んで取り分けた。

「巨大スフレオムレツか」

 お前らしいな、と笑うエドガーに、「解ってるじゃないか」とニヤリと笑うロック。セリスが作成した、2種類の味のパンケーキも並べれば、そこはまるでパーティー会場だ。
 2種類のパンケーキを交互に五枚重ねてバターを乗せ、メープルシロップをたっぷりとかける。ティナが用意した蝋燭を立てて、エドガーが火をつけた。エドガーがみんなの顔を見渡して、合図をする。どんな時でも、こういう悪戯めいた時はみんな気が合うから打ち合わせなど必要がない。

「1、2、3……」
『ハッピーバースデー!ロック!!』

 ロックが一気に蝋燭を吹き消すと、仲間達とセリスから拍手が起こる。セリスは「みんな呼んだなら教えてくれればいいのに」とロックを小突く。

「セリスがお菓子作るって聴いて食べにきちゃったのよ」

 舌を出してロックをフォローすると、「本当に美味しそう!」とパンケーキの山を見て嬉しそうにティナが手を合わせて笑った。

「さ、萎まないうちに食べろよっ」

 照れ隠しのようにロックがスフレオムレツをみんなに配る。マッシュが本当に美味しそうにスフレオムレツやパンケーキを頬張ると、ティナもたっぷりとメープルシロップを乗せて幸せそうな表情をする。エドガーに至っては、「セリスに子供が出来たら喜ぶね」と茶化した。

(2人で居れば幸せだけど、みんなで分け合うこのパンケーキみたいに分け合えたらもっと幸せ)

 自分が初めて作ったお菓子が、こんなにも人を幸せにする力があるなんて――まるで魔法のようだとセリスはパンケーキを口に入れる。幸せに浸るセリスの隣にそっとティナが来て、耳打ちをした。

「ね、セリス。モブリズのみんなにも食べさせたいからレシピ教えて?」
「……!」

 嬉しそうに笑いあうセリスとティナを見て、こんな誕生日ならば毎年祝われるのも悪くないな、そんな幸せに浸るロックだった。


*****


(子供も出来たら教えてね、セリス)
(ま、まだ……それはわからないわ)

(……なんて話してやがる)

- fin -