※この現パロは、鮎さんがまとめてくれた学パロロクセリSSの続きです。
卒業式の後なお話で、ロックとセリスは付き合っています。
ご了承の上読み進めて下さい。


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[幸せ1000%ロクセリ]


 六角レンチをブルーシートに放り投げて、ロックは作業用の軍手を自分の後ろに放りだした。整備している愛用のバイクは、タイクーン製のタイクーンDIAVELだ。サイドとテール部分を深紅色に染めて、銀で黒いボディにタイクーンのロゴが記載されている。何本もの黒いパイプが剥き出しで繋がり、太いタイヤは男らしい存在感を見せつけていた。
 3月9日の金曜日、彼は愛用の古いバイクをメンテナンスしている最中。世の中の学生たちは卒業式も済んで、今頃春休みを謳歌している頃だろう。
 フィガロ学園の1年契約をしていた講師生活も終わり、ロックはのんびりと趣味の生活を送っていた。バンダナを巻いて前髪が邪魔にならないようにした作業用のつなぎを着たロックは、はぁと溜息をつく。
 天高く太陽が昇り、ゆっくりと落ち始めたまだ寒さの残る春。彼のマンション前駐輪場で広げられていたブルーシート。それに、自分以外の影が映り込む事に気が付いて、ロックは後ろを振り返った。
 薄金色の長い髪がやけに眩しく太陽に反射している。

「バイクのメンテナンスしているの?」
「セリス。約束は明日じゃなかったか」

 ロックは驚いてセリスとの約束を確認する。明日は二人で映画館に行きたいというセリスの希望にそって約束をしているのだ。日付を間違えて迎えに来られたのかと慌ててロックが確認すれば、「暇だったから」というなんとも簡素な答えがセリスから返される。

「どんな普段過ごしてるのか覗きに来たの。続けてていいわよ」

 昨日の夜に、ロックから明日は暇だからバイクのメンテナンスをしているとセリスにメールを送っていた。特に何もない休日であったからこそ、バイクのメンテナンスに精を出していたロックだが、セリスが来たとなれば話は別だ。
 続けてていいと言われても気になってしまうのは致しかが無いと言えた。30分も経たないうちに、ロックがセリスを振り返る。

「…退屈じゃないか?」
「ううん、全然」

 卒業式の日に晴れて交際を開始したわけだが、セリスはフィガロ学園でロックの生徒だった。セリスも卒業して、生徒ではないと言っても心配になるのが大人の性分である。
 またロックが作業を始めてセリスがこれはなんだろうと見ていると、彼の方が先に堪えきれなくなった。
 つなぎの後ろポケットに手を探りいれると、ロックは小さな鍵束から一本引き抜いてそれをセリスに渡す。両手でそれを受け取ったセリスが目をきょとんと丸くしてロックを見やる。
 照れたようにロックはレンチと油を拭き取る為の雑巾を持ってまたバイクに顔を向けた。

「609号室。俺の部屋だから、勝手に入ってていいぜ」

 みるみるうちに笑顔になったセリスが、「荷物置いてくる」と頷いて立ちあがる。おう、と返事をしたものの、自分の行動が恥かしくなったロックは身の入らない作業をまた開始した。

「…別に、構わないけどさ」

 そう言いつつも少し浮足立っているのは、付き合い始め特有のものかもしれない。早く作業を終わらせようとする度に、その後何度もロックは手を滑らせるのだった。


「これが先生の部屋なのね」

 家主のいないマンションの一室を開けて、セリスは初めて入る男性の部屋に感動を覚える。外まで来た事なら、卒業式の後に何度かあったが、実際に部屋へ侵入するのはセリスも初めてだ。
 薄暗い部屋の電気スイッチを探してつけると、案外広さがあり、ダイニングを見ても小奇麗にしてるのが解る。靴を脱いで部屋に入り、開けた場所に適当に荷物を置くと、家主のいない部屋はどこまで入っていいかもわからず隣の部屋に続く扉は開けずにそのままで周囲を見渡した。

「あまり、物が無いっていうのかしら」

 ダイニングテーブルにはテーブルチェアが向い合せにひとつずつあるだけで、特に何かを乗せられている形跡はない。ダイニングテーブルをぴったりと付けられたカウンターキッチンは、上から覗けばシンクの中に皿が1枚、グラスがひとつと簡素なものだ。
 トーストでも食べた後なのだろう、パン屑がシンクに置かれた皿の上に残っていた。

「…洗っても、いいかしら」

 多少迷ってから、セリスはスポンジを手に取って食器用洗剤をスポンジにつける。水道のコックを捻り水をあてれば、スポンジを揉む度に真っ白な泡が増えた。
 大して洗うもののないシンクを綺麗に洗い上げると、水切り棚に皿とグラスをのせて冷蔵庫を覗く。中身は大きな冷蔵庫である必要がない内容ばかりだ。

「ミネラルウォーターとマーガリン、…だけ?」

 普段ロックは何を食べているのだろうと気になりつつも、セリスはそのまま冷蔵庫を閉じる。確かに、シンクに食器が少ないのも頷ける内容だ。
 ふたつ持っていたバッグのうち、小さなハンドバッグだけを持って、セリスが外に出ようとすると、ガチャリ、と扉の開く音と閉まる音が室内に響いた。

「ただいまー。悪い、セリスお待たせ」

 バンダナを着けたまま、口先で作業用の軍手を外すロックが玄関から現れる。紐靴を適当に脱ぎ散らかして、ロックは軍手と作業用工具をそのままダイニングテーブルの脇にある棚へ置いた。
 急いで作業を終わらせてきた様子を感じさせない様に、ロックは出来る限り落ち着いて日常と同じ行動をしながらシンクで手を洗う。
 セリスも、それを見て嬉しくなると柔和に微笑んだ。

「おかえりなさい」

 目を丸くして、コックを捻ったロックの手が止まる。じっと見つめられているのが解ってセリスが不思議そうに首を傾げると、ロックの唇から小さな呟きが零れた。

「………もういっかい」
「…へっ?」

 何を言われたかわからずにセリスが素っ頓狂な声をあげると、自分で恥ずかしかったのだろう、彼女は慌てて自分の口に手を当てる。ロックは流したままの水を放っておいたまま縦に首を振った。

「その、おかえりって、もっかい」
「あ、ああ…
おかえりなさい」

 聞こえなかったのかともう一度セリスがその言葉を口にすれば、ロックが口元を緩めて嬉しそうに笑う。
 可笑しい事でも言ったのかと心配になったセリスが口を開くより前に、ロックが機嫌の良さそうな声を出した。

「やっぱり、おかえりなさいって言われるのいいよな」

 言われて気が付いたのだろう、セリスが顔を赤らめて視線を外す。
 セリスが無意識に口に出した言葉は、家族のいないロックにとってどれだけ幸せな言葉か彼女には知りようもない。彼が憧れた言葉が恋人から言葉にされれば、嬉しさを隠せないのも仕方がない事と言えた。

「ほっぺた、油付いてるわよ」

 恥ずかしさを隠すために、ロックの顎に近いラインの頬に着いた油汚れをセリスが指摘する。ロックが掌で適当に拭い取るとべたりと黒い跡が広がった。
 袖を捲った作業着の肩口に顔を近づけてロックが自分で匂いを確かめる。難しい表情をして、彼はもう一度手を洗った。

「隣の部屋が俺の部屋だからくつろいでてくれ。悪い、俺ちょっと風呂入ってくる」


「ええ、わかったわ」

 押し掛けたのはセリスなので、彼女に異論があるはずもない。先に自分の部屋を開けたロックの後ろについてセリスもロックの寝室へと足を踏み入れた。
 部屋の扉を確認する限り、セリスにはこのマンションが2LDKだと判断できる。一人暮らしをするには大分広い間取りだ。隣の部屋が何かとセリスが問えば、「本とか机位しかないよ」と大変適当な答えをロックが返す。つまりは書斎なのだろう。
 クローゼットを適当に開け放って服を取り出すと、ロックが待っててという合図なのか片手をあげて部屋を後にした。

「本当に、何にもないのね」

 セリスが周囲をロックの部屋はベッドとテレビ、ローテーブルに灰皿、やはりカラーボックスがひとつといった簡素な内容だ。一人暮らしに必要ないものはある程度処分してしまっている。
 先程のリビングダイニングもダイニングテーブルとソファ、棚とノートパソコンがひとつずつあった程度で物が大量にあるようには思えない。むしろ、こんなに物がないのにダイニングテーブルがあるのが逆に不自然だと思えた。

「結構不思議な人、なのよね」

 付き合い始めたばかりはひとつ知る毎に嬉しさが増すが、知らない事が多くて不安になるのも事実だ。セリスは無造作にベッドへ腰を下ろすとロックがテーブルに放り投げた煙草の箱を拾い上げる。
 ソフトケースに入った銘柄は緑色が基調になったものだ。メンソールだという事は煙草に知識のないセリスでも解る。

「これ、教材室でよく吸ってたわ」

 思い出してくすくすと笑うセリスはそっと煙草を机の上に戻す。セリスとロックが生徒と講師であった時間は短いものだったが、セリスの中に色褪せない想い出を残した1年間だった。
 携帯を取り出して、セリスが携帯からメールを送る。何度も書いては消して納得した顔で送信ボタンを押した。

「これでよしっと」

 こうして恋人になれるとは1年前のセリスには想像も出来ない事だろう。思い出したら胸がいっぱいになって、セリスは大きく熱い息を吐いた。
 部屋の外で扉が乱雑に開く音がする。何かが崩れた音とロックの声が聞こえて、まるで教材室のロックだとセリスは思う。あの頃も何度か教材室のものを倒してはセリスが片付けながらむくれていた思い出が蘇って、セリスは一人微笑んでいた。

「悪いな、お待たせ」

 フェイスタオルでガシガシと後頭部を拭きながら、ロックが部屋の扉を開ける。先程のつなぎ姿とは違い、ロックは赤と黒のチェックに濃紺デニムというラフな格好に着替えていた。水滴が毛先から落ちて鎖骨の窪みに滴るのもそのままに、彼はタオルを首にかける。
 そのまま煙草に手を伸ばそうとしたロックの手を、セリスが止めた。

「ドライヤーかけてからじゃないと匂いつくわよ?」
「いつもこんなもんだぜ」
「普段からって、ドライヤー持ってないの?」

 もう、とセリスが頬を膨らますので、ロックは仕方なくクローゼットを開けて下にあるプラスチック製の衣装ケースを漁る。アイスシルバー色をしたドライヤーとコードが取り出されて、ロックはベッド下にある延長タップを引き出した。
 その間にセリスがひとつだけあるカラーボックスに目を凝らせば小さな頭髪用ワックスが見つかる。鏡とワックスを適当に取り出して、セリスはローテーブルの上に置いた。

「ちゃんとあるんじゃない。何で使わないのよ」
「着任して最初の頃は使ってたぜ?」

 結局面倒になったので、セリスと会えそうな日以外は使ってなかったと素直にロックが白状すれば、セリスは呆れた顔でドライヤーをロックから奪い取った。
 鏡の前にロックを座らせて、セリスがドライヤーのスイッチを入れる。ドライヤーの中で羽根が回る音が室内に響いた。
 ロックのブルネットをセリスの細い指先が梳かしていく。ロックは気持ちよさそうにセリスのしたいがままに任せて目を閉じた。

(まるで、トリミングされている動物みたいね)

 鏡越しにセリスが見るロックの顔は純粋に気持ちよさそうだ。水滴が落ちそうになるとロックの首元にあるフェイスタオルで毛先を何回も拭い、髪の毛の隙間に空間を作るように乾かしていく。
 ロックの髪は然程時間もかからず綺麗に乾かされた。

「はい、できあがり」
「サンキュ」

 動物がするように軽く頭を振ると、ロックはカラーボックスの上段から先程つけていたのとは別の色をしたバンダナを掴んでぐるりと巻いた。
 器用に前髪を抑え、鏡を見ずにバンダナを巻く姿を見て、セリスは随分手馴れていると気が付く。

「いつもバンダナしているの?」
「バイクに乗る時、メットを被るのが楽だしな。休みはいつもこんな感じだよ」

 なるほどとセリスが頷きつつ、ロックの知らない一面を見れた事に嬉しくなる。明日のデートを待てば明日見れたのかもしれないが、ロックの何でもない1日を覗きたいと思うのは細やかな恋心としては妥当なものだろう。
 何も予定の無いままで過ごすには、まだ初々しい二人。ロックは何かご飯でも食べに出掛けるかとセリスに提案した。

「それなら、近所にスーパーってあるかしら」
「徒歩範囲で行ける場所にあるな。もう夕方だし行ってみるか」

 ロックがカーキ色のアウターを羽織って準備すると、セリスもハンドバッグを持って立ち上がる。

(きっと、まだまだだけど、新婚さんみたいだわ)

 セリスの嬉しさは、ロックとは全く同じではないものの、それと非常に近しいものであった。


 スーパーまでロックの左腕にセリスの右手が重ねられる。ロックが歩きながら自分の近所を指さして説明するのを、セリスは嬉しそうに聞いていた。
 セリスとロックの住む場所は区が違っている為に、セリスにはとても新鮮なものだ。

(これから、この街にも慣れていけるのかしら)

 大学生になったセリスがこの街に遊びにきたり、買い物に来ることは事実増えるだろう。それを想像するとまたセリスは嬉しくなるのだ。
 二人は並んで立てば大して身長が変わらない。それを気にして、といえば乙女らしいが実際の所、高校生活で履いていた低いローファーを履きなれていた為にヒールに慣れず履けない状態でもあった。
 目線の高さが近い事を気にしたのと、やはりまだ恥ずかしさが残る事から少し俯き気味なセリスに、ロックが振り返る。

「どうした、なんか調子悪いか?」
「う、ううん。なんでもないの。あれが目的地?」

 目の前のスーパーを見て顔を上げたセリスにロックがそうだと告げれば、二人はカートにプラスチックカゴを乗せて店内へ進んでいく。キノコ類のコーナーをそっと遠ざけたロックにマッシュルームをみせれば、珍しく嫌そうな表情で首を振る。
 こうして二人で好きな物、嫌いな物を話し合うのも初めての事。子供のように首を振って抵抗するロックがおかしくなってまたセリスはエリンギやしめじを見せては面白がるのだった。

「ホント、子供みたい」
「まじで勘弁してくれよ。俺食ったら吐くからな?」

 はいはい、とからかうのもそこまでにして、簡単な食材を籠へ詰め込んでいく。卵、サイコロ状の豚肉、じゃがいも、人参、玉ねぎ、ブロッコリー。最後にカレールーを入れて買い物は完成だ。
 炊飯器を確認していた為に失念していたものをレジに並びながらセリスがロックに訊く。

「お米はあるの?」
「あんまり使わないけどあるぜ」

 ほっと胸を撫でおろして会計に進む。セリスが財布を取り出そうとすると、さらりとロックがカードを1枚取り出して払い終えてしまった。
 クレジットカードなのだろう、セリス自身は未成年なので持った事は無いがなんとなくそれを理解する。

「ちゃんと払うわよ」
「俺んちの買い物なんだからいいんだよ」

 元からロックは明日のデートでもセリスに一銭たりとも払わせる気はない。買い物袋を渡して詰め込み作業を終わらせると、ロックはセリスにプラスチックカゴを渡した。
 空になったプラスチックカゴをセリスが戻すと、いつの間にかロックが買い物袋を軽々と持って待っている。ここでも、持つ持たないとセリスからの問答を受けるが、ロックはそれをセリスの頭を撫でる事で答えた。

「反対に重みがあればバランスが取れるしな」

 そう告げてセリスの掌をロックが掴む。指先を絡めた掌から伝わる温度は、セリスからそれ以上の言葉をしぼませていた。
 ロックのマンションに到着して鍵を開けると、セリスが買ってきた食材をキッチンで開け始める。ガサガサと鳴るビニール袋の音すら、リビングのソファへ腰を下ろしたロックの耳に心地いい。普段は家に帰っても外で夕飯を済ませて寝るだけのロックにとって、こうして誰かが家にいるのは幸せな事だと思えた。


 テレビのリモコンを取って電源をつけると、ロックはアウターをその辺に放り出して煙草を探す。火を着けて煙を吐き出すと、シンクの水音が流れ出す。

「ね、お米どこ?」
「ああ、コンロの下側だな。俺も手伝うよ」
「私が作るの。先生は座ってて」

 恥ずかしくて名前で呼べないセリスは、ついロックに対して先生と呼んでしまう。それを聴いたロックが肩を竦めてにやりと笑った。

「俺、セリスの先生じゃないから手伝ってもいいか?」

 しまった、という表情をセリスが見せるが、声に出したものは戻らない。数秒たっぷりと黙って俯いてから、セリスがちらりとロックをみやった。

「……ロック、は座ってて」
「よくできました」

 こんな時だけ教師面をするロックに顔を赤くしながら、セリスは乱暴にコンロ下の扉を開ける。ロックは満足そうにキッチンから離れてソファへ放り出したアウターを片付け始めていた。
 カレーならば、家庭科の授業で作った事のあるセリスにもなんとか作ることが出来る。セリスが生徒会長なのに不器用というのが恥かしくて、自宅で何度も練習したカレーだ。
 手順さえ間違わなければコトコト煮込むだけで完成するカレーは、基本通りにだけ作られていて隠し味も何もない。豚肉や野菜も一部焦げた部分を捨てたものもあるが、きちんと火を通してある。

「いい匂いだな」

 炊飯器から上気する米が炊ける香りと、カレールーの香りが郵便物を確認していたロックの鼻孔をくすぐり、幸せな香りが充満していく。
 部屋に満たされたカレーの香りは、一緒に夕飯を食べる事が出来る幸せの香りだ。立ち上がったロックがカトラリーをダイニングテーブルに設置して、カレーが盛れそうな皿を適当に取り出す。
 一人暮らしのせいか食器はどれも一枚ずつしかなくて、とてもちぐはぐなセットになった。

「どれ位食べるの?」
「すげーいっぱい食う」

 すぐさま返したロックの返答に、きょとんと眼を丸くしてご飯を盛る量をセリスが考える。今まで学校で見てきたロックは大して量を食べているように見えなかったので、意外だったのだろう。
 ロックとて、恋人がわざわざ手作りしたものを食べたくないわけがない。普段より食べ過ぎる位が彼は丁度いいとさえ思って居た。

「ところで、胃薬必要か?」
「バカッ」

 緊張を解すために言ったロックの冗談は、真に受けられてセリスからしゃもじを持った拳骨で叩かれる。「冗談だよ」と言っても機嫌を直してくれそうになかったので、大人しくセリスに配膳を任せて彼はテーブルチェアに腰を下ろした。

「はいどうぞっ」

 まだ憮然とした表情のセリスからカレーの皿を受け取ると、ロックがきらきらと眼を輝かせる。子供が好物を目にした時と変わらぬ表情を見せたロックを見て、セリスの表情も若干和らぐ。
 ふたりで重なるいただきますの声。噛みしめればごろごろと大きいじゃがいもが溶けかかって甘さを更に際立たせていた。

「すげー美味いな。おかわりある?」
「食べ過ぎだと思うけど…多めに作ったから大丈夫よ」
「やった」

 素直に喜びを表現するロックは、はしたなくスプーンを口に咥えたまままた米をよそいに行く。スプーンが緩んだ唇で上下に揺れる様を見て、セリスももう一口カレーを自分の口へ運んだ。

(結構、美味しくできたわね)

 ロックが予想以上に喜んだ事もあって、セリスも自分の作ったカレーが更に美味しく感じられるということは、セリス自身もまだ気が付いていないのだった。


 食器は自分が洗うとロックが申し出た為に、今度はセリスがのんびりとテレビを見やる番になった。ロックが、今日は何時に帰れば大丈夫なのかと問えば、セリスは少し眠たそうな目で答える。

「今日、ティナのうちにお泊りって言ってあるの」
「おいおい、親御さん大丈夫なのか?」

 セリスが未成年で庇護対象である事はロックも大人として理解している。さすがにもうすぐ夜八時になろうとしているので送ると彼が言ったが、セリスは嫌だと首を振った。

「今日は、ロックの一日見るまで帰らないの」

 ようやく今日押し掛けてきた理由を悟って、ロックは小さな溜息を就く。セリスが言い出したらきかない性分だという事は最近までの学園生活でロックも理解している。
 明日は元々一緒に映画を見に行く約束をしているので、待ち合わせをしないで済むのは楽だといえば楽だが、それ以上に親心としての心配が先立ってしまう。

(あとでブランフォードにも礼はしとかないとな)

 洗い物を済ませてソファをみやれば、慣れない家事をしたせいかセリスがいつの間にか小さな寝息を立てている。ソファの背凭れに凭れかかり、うとうとと夢見心地なセリスを見ながら、彼は一日のメールチェックを済ませる為に自室の扉を開いた。
 そのままそっと寝かせて置けば、セリスも深い眠りに落ちる事だろう。パソコンを開いてメールチェックをすると、どこかで見た覚えのあるアドレスからメールが送られているのに気が付く。
 送信された日付は今日の昼間だ。

【いつもお疲れ様です。今日は押し掛けてごめんなさい】

 素っ気ない文面に、差出人を想像出来たロックの口元が緩む。ロックが自分の携帯を取り出してアドレスを見比べれば、それはセリスからのメールアドレスだった。

「…
メール保護、しとくか」
(何やってるんだ、俺)

 思考回路とは裏腹に、指先はマウスでメールの保護ボタンとメールアドレスの追加登録を行っている。セリス専用にフォルダーを作って、そこに収納すると満足したようにパソコンを閉じた。
 リビングに戻れば、セリスの体勢が少し変わっていて、ロックの予想通りにセリスの眠りは深くなったようだ。テレビを消して、セリスの身体とソファの隙間へ腕を滑り込ます。

「コイツ、本当に食ってんのかよ」

 身長とは裏腹に軽い体重をお姫様のごとく抱き上げると、寝室への扉を行儀悪く足で開いてセリスをベッドへ寝かせた。寝返りを打った彼女の頬がロックの掌に当たって、温もりを伝える。
 天使のような寝顔に毛布を書けなおし、ロックはローテーブルに置きっぱなしにしていた自分の携帯を拾った。

「おやすみ、明日は寝坊するなよ」

 自室の照明を落として、少しでも音がしないようにそっと扉を閉める。自分の新しいベッドになるであろうソファーは、セリスの寝ていた温もりを残していた。

「…アラーム、いらないか」

 携帯の目覚ましアラームを切って、コート掛けに戻したはずのアウターを取る。リビングの照明を落として、カーキ色である事も解らなくなったアウターをばさりとかけてロックもソファへ身を投げた。

 明日は、彼女の誕生日。
 一緒に映画を見て、買い物をして、普通の恋人が送るデートの日。

(明日も、一緒だな)

 幸せで、穏やかな明日に向けて、二人は穏やかな眠りに就くのだった。

 

 

 

― 明日も、君と一緒におはようを言おう―

 

 

 

Happy End.