Renewal days
[2011新年小話]



かつて、魔法が存在した世界。
世界中の、何処を一緒に旅しても二人の視点は同じ旅にならない。
それでも。



「気持ちいい晴天ね」

 ケフカを倒し、フィガロ国での宴を終えた翌日。仲間達と別れたロックとセリスは、まだフィガロの城内に居た。
 窓の外は、照りつけるような晴天。砂漠の国、フィガロ国に降り注ぐ日差しは燃えるように暑く、容赦がない。
 それでも2人の新しい旅立ちには祝福されているような日差しに思える。

「なあ、セリス」

「どうしたの、考えこんじゃって」

 呼ばれて振り返れば、ロックが神妙な顔付きでセリスを見ている。
 年が明けたように世界を変えた翌日には似合わぬ表情をしたロックに、セリスは首を傾げた。

「俺、ずっと考えてたんだ。これからの事」

 セリスにあてがわれた部屋で、ロックがベッドに腰を下ろしたまま口を開く。「どんなこと?」と優しく声を出してセリスはロックの向かい側にある椅子へ腰掛けた。
 少し俯いたかと思えば、ロックが急に顔を上げて真っ直ぐにセリスを見詰める。ロックの意を決した表情に、セリスは次の言葉を静かに待った。

「これから、世界中を旅する事になったんだ」

 する、ではなく、なった、という響きに違和感を覚えたままセリスが相槌を打つ。
 元来、ロックの生業はトレジャーハンターである。彼は前人未踏の地域や古代の遺跡を旅し、財宝を発掘したり調書や考古学研究資料の提供をする事で生計を立てていた。
 セリスも、ロックは世界平和の旅が終われば旅に出るのだろうと推測していた1人である。言い換えれば、旅をするという事は、ロックの生き方そのものなのだ。
 これだけは、誰にも止める事が出来ない。

(予想は、していたのよね。……なんか変だけど)

 セリスは、考えていた。ロックが世界中を旅する事が当たり前であると理解している。それに着いていく理由だけを、ケフカを倒す前から必死に考えていたのだ。

(どうか、置いていく、とだけは言わないで)

 ロックがジャケットから煙草とライターを出そうとして、止める。煙草を出す仕草はセリスに見慣れた光景だったので、煙草を吸わないで言いたい程の大切な事なのだろうと予測出来た。
 両手を組んで膝の上に置くと、ロックはゆっくりと口を開いた。

「……これから、世界地図を作る事になったんだ」
「え?」

 セリスには予想外の言葉であったため、思わず聞き返してしまう。頭で反芻すると、ロックが世界地図を作るという壮大な発言である事に驚き、遅れて目を丸くした。

「……本当に?」
「あぁ、仕事としてだ」

 淀み無く肯定するロックに、嘘や惑いは感じられない。セリスは、トレジャーハンター以外の仕事をするロックを改めて思い描いた。

「俺がトレジャーハンターとして世界地理や遺跡とかに詳しいから、この仕事が来たんだよ。だから、今までとそこまで変わりはない」

 セリスが不可思議だという顔していた事を見透かしたロックが説明を重ねる。「そう考えれば納得するわね」と頷くセリスを見て、ロックは本題を切り出した。

「それで、セリスに2つお願いがあるんだ」
「お願い? 出来る事ならいいけれど」

 地図を使う事はあっても、作る事はない。セリス自身、世界崩壊後の地理を大まかに崩壊前の地図へ主要地域を書き込んで把握していただけで、力になれそうな事は思いつかなかった。
 「難しい事じゃない」とロックが笑うので、少し安心して話に相槌を打つ。

「いま欲しいのは、フィガロに残って資料を整理するのを指導する要員と、俺に着いて測量をして回る指揮要員。俺についてくるとなると、戦闘要員としての技能も重要になる。それで、セリスにはどっちかを協力して欲しいんだ」

(やっぱり、俺についてこい、じゃないのね)

 淡い期待を裏切られたが、これならまだロックについていく理由が出来ると思い直してセリスが微笑む。「楽しそうだわ」と返すセリスに、ロックも「だろ?」と少年のような笑顔を見せた。
 そして急に表情を引き締めたロックは「あー…」と言葉にならない呻きをもらす。そこでセリスは、先に口を開く事にした。

「私は、帝国時代に指揮は経験あるけれど、どちらかといえば前線で……」
「待った、待った。先に最後まで聞いて欲しいんだ」

 ロックが両手を翳して停止のジェスチャーを見せる。首を傾げたセリスは居住まいを糺して、もう一度聴く体勢を取り直した。 セリスが聞く体勢を取った事を確認して、ロックが咳払いをする。

「選ぶのは、二つ目を聴いてからにして欲しいんだ」

 ロックが立ち上がって、セリスに一歩近付く。そして、頬を少し書くと視線をさまよわせながら口を開いた。

「俺、こういう事ちゃんとセリスに言ってなかったから……」

 跳ね上がる、心拍数。お互いに自分の鼓動が煩く跳ねて、周囲の音がよくわからなくなる。
 静まれ、心臓。そう互いに思う事を互いに知らない。相手に伝わるように、相手の言葉を聞き逃さないように。
 ロックがセリスを真っ直ぐに見詰めると、彼は片手を差し出した。

「俺と、付き合って下さい」
「……!」

 息を飲む音。セリスは自分の鼓動が跳ね回るのと、理解した途端に顔が熱くなるのを止められなくなった。
 ロックの頭が下げられて、彼の表情はセリスによく見えない。だが耳が赤い事を見れば、彼も同じ気持ちなのだろうという事が理解出来た。

「……断ってくれても、いい。曖昧なまま、セリスを待たせたくは無いんだ」
「ロック……」

 ロックは、これを断っても協力出来るように二つの選択肢を用意したのだろう。どこまでも優しい彼の気遣いに、セリスは少し胸の痛みを覚えた。
 セリスは、敢えて手を取らずに立ち上がる。その様子を確認しようとロックが顔を上げた瞬間、透き通るような光の海がロックに飛び込んできた。
 首もとにすがるようにセリスがロックを抱き締めると、ロックは差し出したままの手をセリスの背中に回した。明け方とはいえ、砂漠の夜で冷え込んだ室内に、互いの温もりが、暖かい。

「……ずっと、一緒に居てもいいのね?」
「ああ……」

 愛おしくロックがセリスの髪を撫でると、セリスも力強く抱き締める。ロックの赤くなった耳元に「嬉しい…」とセリスの吐息が掛かると、ロックはゆっくりとした動作でセリスを少しだけ体から離す。
 互いの顔が見える位置に移動させると、瞳が潤んだセリスの唇に優しく口付けを落とした。
 伏せられる瞼、唇から伝わる優しい感触、唇に落ちる涙の滴。
 ゆっくり身体を離して、今度は互いの意志で抱き締めあった。

「……危険な事もあると思うんだ」
「……うん」

 ロックのジャケットに落ちる滴。優しく抱き締め合って感じる互いの身体の大きさ。骨の形。触れ合う毛先。互いに伝わる心拍数。
 そのどれもが、愛しいから。

「ついてきて、くれるか」
「……ずっと、」

―――貴方と同じ道を歩きたいと、願っていたから。

 セリスの想いは、ようやく形になって遂げられた。長いようで短かった目まぐるしい日々も、これで二人には一つの終止符。
 きっと、これからの旅路でも同じ道を歩くのに、別々の視点で違うものを見るだろう。それは、お互いが別の人間だから。
 幸せに潜む些細な不安を打ち消すように、ロックがセリスの耳に唇をあてて囁いた。

「……これから、きっと、お互いがわからなくなる事もあると思うんだ」
「うん」

 ロックのバンダナからもれた毛先がセリスの頬を擽る。心地良い温もりの中で、ロックの低めにした甘い吐息が、耳朶とうなじから身体を構築し直すかのような熱を帯びさせた。

「俺、ちゃんとセリスに話すから。だから、些細な不安も、気になる事も、全部言ってくれ」
「……うん」
「俺もセリスに聞くよ。例えそれが嘘でも、セリスを一番に信じるから」

 だから、少しずつ理解していこう。そうロックが囁いて、耳元に優しく口付けを落とす。
 これからという新しい日々。何も変わらないと言ったロックとの新しい関係性は、毎日を塗り替えていくだろう。
 セリスは、ゆっくりと吐息混じりに答えを返した。

「私、ね。きっと、一緒に歩いてもロックと違うモノを見ると思うの――」

 それでも、アナタの隣を歩く事が お互いの幸せだから。



―Fin―