生まれてきてくれて、ありがとう

(2011リルム&ウーマロ誕)



 

 今日は朝からなんだかいい匂いがする。誰かがバタバタと走る足音もなんだか嬉しそう。

「いいニオイ……うまそう、ごちそう?」

 鼻先をひくひくとさせて、真っ白な体毛で覆われた目が部屋の外を確認しようとそっと扉を開けた。飛空挺の中は赤や黄色や緑、青の色紙を細く切った輪飾りで飾り付けられ、金色や銀色のモールまで一緒に飾られている。

「……?」

 首を傾げた雪男は、その巨体に似合わずそっと忍び足で部屋を出ていった。
 ウーマロが艇内を歩けば、ティナとセリスがにこにこと笑顔で食事の支度をしている。大きなリフィーバニーの丸焼きや、大人が抱え込めば両腕一杯になるシーザーサラダ。
 美味しそうだとよだれをこぼしそうになって、ウーマロはゴクリと唾を飲み込んだ。

「ウーマロ、それはまだだからね?」

 セリスが注意をするのも優しく笑っている。首をかしげてきょとんとした表情のウーマロは、一生懸命に考えた。

(みんな……そろってない……だからダメ?)

 うんうんと大きく縦に首を振ってウーマロはまた歩き出す。少し離れた場所でも色んな料理の匂いがウーマロの食欲を刺激する。お腹の音が大きくなり響いて、ティナたちが「あとになったらいっぱい食べようね」と声をかけてくれた。

「ウー……はやく、あとになれ」

 少し歩けば今度は男性陣が、ラッピングされた包みを前にみんなで話し合っている。色とりどりのリボンが、艇内に飾られている紙飾りのようでとても綺麗だな、とウーマロは思った。

(ナルシェで、みたことない)
「よっ、ウーマロ」

 気さくにロックが声をかけるとそれに倣って他の男性陣も片手を上げた。近くに寄れば、小さなトルソーがお姫様のようなドレスを着ていたり、およそ男性に似つかわしくない小物などで溢れかえっている。
 わけがわからず、またウーマロが首をかしげると、マッシュがにこにことウーマロに説明した。

「今日はな、リルムの誕生日なんだよ」
「たん、じょうび?」

 ガウで慣れているせいか、マッシュはウーマロにも物事を教える先生のような役割を担っている。もう一度「そう、誕生日」と繰り返してマッシュはウーマロの頭を撫でた。
 猫背であるとはいえ、大分二メートルを超えるウーマロの頭を撫でられるのは190センチの巨体を持つマッシュや同じく180センチ以上の高身長をもつエドガー位のものである。座った時に頭を下げたウーマロをロックがよしよしと撫でている図も見受けられる事から、ウーマロは撫でられるのが好きなんだなと男性陣に思われている。

「誕生日ってのはな、その人が生まれてきた日で、“生まれてきてくれてありがとー”ってお祝いする日なんだよ」
「おい、わい……」
「そう、だから、ウーマロもお祝いしてやってな? 『おめでとう』って言うんだぞ」

 もう一度マッシュに頭を撫でられると、ウーマロは指を咥えて気持ち良さそうに目を細めた。急に顔を上げたウーマロは、両手でぽんと自分の身体を叩いて笑顔になった。

「オレ、おいわいしてくる!」

 嬉しそうに艇内を駆けるウーマロに、セッツァーが何か声をかけたが、嬉しさが伝染したウーマロにはよく聞こえていない。飛空挺の外へ出て行ったウーマロは、野原で絵を描いているリルムをみつけてまた嬉しくなった。

「リルム、おいわい! おめでと、おめでと!!」
「わ、なに、なんなの?」

 リルムの横で急に寝転がったウーマロのせいで、リルムの座っていた地面が少し揺れたような感覚に陥る。転がってじたばたするウーマロに、「あ、そっか」と納得すると、リルムが筆を指してウーマロに聴いた。

「お祝いありがと、雪男。あんたの誕生日はリルムさまが祝ってあげるから教えなさいよ」
「オレ、の、たんじょうび? しらない」

 不思議な顔で目を開いたウーマロが瞬きを繰り返す。その顔に驚いたリルムが、驚き返して「知らないの?」と聞き返した。
 目を開いて寝転がったままコクリと頷くウーマロに、「そっか…」と呟いて、リルムが考える。

「じゃあ、リルムが雪男に一番最初の誕生日プレゼントあげるよ!」
「なにか、くれるのか?」

 わくわくした顔でウーマロが起き上がって座る。猫背でもリルムを見下ろす形になるウーマロはにこにこと笑顔で自分の指先をあわせた。
 にっと白い歯を見せて笑うリルムが真っ白なスケッチブックに“9月9日、ウーマロ”と書き込む。それをびりりと破ってウーマロに手渡した。

「はい、今日がウーマロの誕生日。リルムと一緒の日だから、雪男が忘れてもあたしが覚えててあげるからね!」

 小さな彼女が、手渡したウーマロの誕生日の真偽は定かではないが、それは確かに、二人の間に決められた記念日。たんじょうび、たんじょうび、と繰り返すウーマロに、リルムが立ち上がって胸を張った。

「生まれてきてくれて、ありがとー! ってお祝いする日。ウーマロもおめでとう!」
「……生まれてきて、おめでとう」

 考えているウーマロを見て、難しかったかと心配そうに覗き込むリルムが急に起き上がるウーマロのせいでのけぞってしまう。
 しりもちをついたリルムの前には、笑顔いっぱいのウーマロが歯を見せて笑っていた。

「オレ、生まれてきて、ヨカッタ、ダイジョウブだった、うれしい、ありがとう!」

 近くに寄ってきたインターセプターが骨を銜えてウーマロに近寄る。ウーマロの足元に置かれたそれを見て、「誕生日プレゼントかもね」とリルムが膝立ちになって呟く。
 ウーマロはそれを拾ってインターセプターにも「ありがとう」と頭を下げた。その姿を見ながら、リルムはインターセプターの背を撫でる。

「でもね、インターセプターちゃん、ウーマロは骨好きじゃないと思うよ?」

 そうリルムが言うと、インターセプターが悲しげに小さく鳴くので、ウーマロは必死に首を振った。両手で壊れないように骨を握って、一所懸命にウーマロは首を縦に振る。

「ううん、オレ、骨だいすき。ありがと、いんたー!」

 巨体に似合わぬ小さな気遣いにリルムが微笑むと、立ち上がって土ぼこりを掃った。ウーマロの指を掴んで、リルムが「行こうよ!」と引っ張るので、ウーマロはどこに行くかも解らずににこにこと着いていった。
 飛空挺の中は飾りだらけのパーティ会場、美味しい料理の匂いも更に漂っている。息を切らせてウーマロを連れて走った少女は仲間達が居そうな場所の扉を開けた。
 リルムはウーマロの手を引きながら大声で叫ぶ。

「ちょっと、みんな聞いてー! 今日はねー……!」

- fin -