request [セツリル]
ばいばいから始まる物語


「お前、いい加減別の移動手段使えよ」
「傷男こそ、いい加減新しい飛空挺作れば?」

 サマサの村から天才画家少女を運ぶ飛空挺は、今日も各国の空を飛ぶ。





 ケフカ討伐後から5年。この世界は、平和というには難しい状態の世界情勢だった。閉ざされた村、サマサからの天才絵描きはその腕を買われて各国からオファーがくるものの、サマサの村から住む場所を変えようとしない。移動手段が再興しきっていないこともあり、セッツァーが別の仕事がてらリルムを送って行く事が多かった。

「なんだよ」

 銀髪の主は、飛空挺の操舵をしながら空を見詰める視線に声をかける。リルムはそれに応えるでもなく、スケッチをするでもなく、飛空挺から見える夜空をただ見詰めていた。
 腕を伸ばして、小さな手を伸ばす。ぎゅっと掴んで、少女は自分の胸元で掌を開いて抱きしめた。

「世界が平和になってもさ、戻らないものっていっぱいあるんだね」

 下らない感傷だ、とセッツァーが葉巻を噴かして、紫煙を風に流す。何か反論が来るだろうと思いながら航行先を見ていると、舳先近くに居た少女は頷きながら振り返った。

「リルムも、そう思うよ」
「……あぁ?」

 もうすぐ16歳になるとは思えない大人びた表情をする少女は、まだ幼さを残した顔のつくりをしていた。決して小さすぎるわけではないが、少女の身長は全身に風を受けて今にも飛ぶのではないかという細い身体をしている。
 セッツァーは、少女の次の言葉を待った。

「星になった人を想うのは、勝手な感傷だよね。その人の考えなんて、その人に聞かなきゃリルムはわかんないし」
「まぁ、な」
「だから、今居る人に聞くしかないんだなって。これは、あたしの賭け」

 何が言いたい、とは言わずにいた。
 瞳を見れば理解できる。リルムの真剣な眼差しは、決意があるからだ。こんな表情の人間を、セッツァーは何人も見てきたのだ、もはや言葉を重ねる必要などない。そう想っていた。

「新しい、飛空挺造ろうよ」
「……はぁ?」

 急な話題転換についていけず、セッツァーが声を裏返す。確かに、セッツァーもファルコンはもう一度眠らせるために新しい飛空挺の金策に走り回っていたのは事実だ。リルムの送迎も、彼女のスポンサーからの支払いがいいから行っているのだが、到底新しい飛空挺が造れるほどには集まっていない。
 今回迎えに行ったときのような「早く新しい飛空挺造れば」という軽口の応酬とは違う真面目な言い方に、セッツァーは軽く戸惑いを覚えた。

「ハッ、バカ言うな。エンジンだけで幾らかかると思ってやがる」
「500万ギル」

 すぐに返答が帰ってきたリルムの金額は、適正値だ。彼女は真っ直ぐに見詰めていたセッツァーから視線を逸らして、目をゆっくり閉じる。そして少女はそらんじた。

「エンジン、500万ギル。ルーム内装、200万ギル。船体、1000万ギル。プロペラ、…」

 続く言葉の全てを言い終えて、リルムが目を開いてにっと笑顔になると、舵を取るセッツァーへ向かって走ってくる。彼の背を思い切り叩いて、少女は「よっしゃぁ!」と叫んだ。

「なんだよ、いってーなクソガキ……」
「貯まったんだよ、喜べよ傷男」
「背中叩かれて喜べるか、アホ! ……あ? 貯まった?」

 白い歯を見せて、にこにこと活発に笑うリルムは、いつにも増して元気旺盛だ。黒の外套を掴んで、「リルムさまのおかげなんだぞ!」と飛び跳ねるのでセッツァーは「甲板でふざけんじゃねぇ」と軽く窘めた。
 慣れていない人間がセッツァーに凄まれれば引きもするが、リルムは仲間の一人で幼い時代から修羅場をくぐってきた人間だ。ちょっとやそっとで彼女が臆するはずも無い。

「飛空挺代1億ギル。リルムがこの腕一本で全部稼いできてやったんだって言ってんの!」
「金が有るからどうとかじゃねぇだろ」
「セッツァーだけなんだよ」

 急にまともな呼び名でリルムに呼ばれて調子が狂う。セッツァーの黒い外套を握った手は離されないまま、少女が彼の顔を見上げた。

「みんな、決着着いたのに。ファルコンに引き摺られて、過去に決着出来てないのは、セッツァーだけなんだよ」

(そんなこと、一番俺が理解している)

「だか」
「うるせぇ、自分の事は、自分で決着を着ける」

 リルムの言葉を遮って、セッツァーが紫煙をリルムの顔に噴きかけてしまう。気がついた時には、彼女は咽てしまっていたが零れた言葉と行動は取り返しがつかない。

「違うもん。あたしが、セッツァーの腕を買うの」

 煙のせいで涙が滲んだ少女は、必死に言い募る。

「死んだ人が、このファルコンをどう思ってるかなんて知らないけど。リルムが、信じたいから!だから、だからリルムがセッツァーを世界で最速にするの!今がよければそれでいいんでしょ?それって、今の一番いい部分を切り取れるって事でしょ?だから手段を選ばないアンタが好きなのに、他の誰かに、過去に、引き摺られるセッツァーなんて、あたしが見たくないんだからっ!」

 思いのたけ全てを詰め込んで、叫んだ少女の言葉は、舵を切るセッツァーの腕を止めるには充分な破壊力があった。
 もうすぐ、彼女が呼ばれているマランダに着く。マランダ上空で、セッツァーはファルコンを止めてしまった。

「お前、いまなんて」
「知らない、知らない、知らないっ! リルムが先に世界で一番の画家になってやるから! 傷男が世界最速をファルコン以上に更新出来ないなら、リルムが先に追い越してやるんだから!」

 少女の涙で滲んだ瞳は、もう煙のせいではない。喉の奥から、笑みがこぼれる。くっくと漏れるこの音は、懐かしい何かに似ていた。

(ダリル、お前以上の挑戦者だ)

「……上等だ、どっちが世界一になるか、賭けてやるよ」
「着いたなら早く下ろしてよ、バカ! ばいばいっ!」

 リルムが赤い顔を隠すように奔ると、ハッチをあけてタラップに足を突っ込む。そこで、何事もなかったようにセッツァーはリルムにこう言った。

「お前、俺が勝ったら俺の女になれよ」

――― それは、さよならから始まる物語。