僕らの年戦争
[Happy Birthday Figaros!]

第1話~第3話



『―――こうして世界は平和になりましたとさ、』
そう言った彼女の瞳は不満だらけに現状を憂いていた。

 

第1話:天才画家の苦悩


「さすがリルムさまだよね」

 メイクを終えた指先が白粉の余分な粉を落とす為の刷毛をドレッサーに置く。普段化粧をしないせいか、元々の肌から白磁で健康的な艶やかさを放っている。
 薄く引かれたアイラインに、彼女の大きなエメラルドの瞳に似合う薄いオレンジのラメ入りアイシャドウ。普段、絵に集中している時は放置しっぱなしの作業服も、今日はお気に入りの服に着替えていた。

「ったくさ、アイツまじでどうかしてんじゃないの」

 ドレッサーに付いた楕円型の大きな鏡に人差し指を突きつけて、鏡の中にいる自分へ文句を言う。鏡の中にいるブロンズブロンドのショートヘアの乙女は、鏡に近付いて両耳にお気に入りのイヤリングをつけると、不機嫌な表情で右に回ったり、左に回ったりして何かを確かめている。
 縁にレースのついた黒地のチューブトップ。多少胸は成長しなかったものの、全く無いというわけでもない。彼女は自分の胸を脇下から寄せ上げるように形を整えて生真面目な表情をした。

「トップスよし」

 ボトムは真紅のホットパンツをローライズで履きこなしている。良く見れば、ホットパンツの正面と後ろから吊りベルトでバルーンタイプのズボンが吊り下げられており、見えるのは一部の太腿だけだ。足元はグラディエータータイプの太いヒールが付いたサンダル。
 身長はセリスまでは伸びなかったものの、ティナより少し高いくらいまでは伸びている。

「ボトムよし」

 首元のルビーが付いた黒いチョーカーを調整して満足げに自分の姿をくるりと一回転させる。ベレー帽風の大きな帽子を頭の後ろに乗せて、彼女の支度は完成だ。

「うーん、今年も美少女!」

 鏡を見終えて、リルムはドレッサーの脇にある宝石箱を開けた。中には少しデザインの古い、ルビーが付いたアンティークの指輪がひとつ。年齢から考えればもっとアクセサリーがあっても良さそうなものだが、彼女は頑なに指輪だけは増やそうとしなかった。
 リルムは懐かしむように目を細めて指輪のルビーをそっと撫でる。ふれると、少しだけ優しい気持ちが伝わる気がした。

「お母さん、リルム、今年も行って来ます!」

 


 

 砂漠の日差しは訪れる者全てに、容赦なく照りつける。
 ケフカとの大戦から七年経った現在でも、砂漠の機械大国フィガロの天候は変わることが無い。
 フィガロの城内にいるリルムは空調が効いた部屋で椅子の背凭れに顎を置き、気候の変わりにくいサマサが良かったとぼやいていた。

「毎年思うんだけどさ、あの二人ってこんな暑い日に生まれたから頭オカシクなったんじゃないの?」

 待つ間に出されたジュースの氷を口に含んで涼を取るが、この暑さの所為か氷もすぐに小さくなっていて噛み応えも無い。指先でマドラーを持ってグラスを掻き混ぜれば、氷が解けて表面に氷が溶けて出来た薄い水の層がジュースを薄めていった。
 コンコンとノックの音がして、リルムは「どーぞー」と投げやりな返事をする。メイドでも来たのだろうと思っていたのだが、予想に反して扉からは落ち着いた大人の男性声が聞こえてきた。

「失礼するよ」

 聞こえた声に飛び跳ねて、彼女は居住まいを正す。扉からは蜂蜜色の金髪を水色のアクセサリーでまとめた長身の美青年、この城の主ことエドガー・ロニ・フィガロが優しい笑顔で入室してきた。
 リルムは顔を逸らして、横目で彼を確認すると、あからさまに不機嫌そうな表情を作る。それを見たエドガーが口元に軽く握った拳を当てて笑った。

「随分待たせてしまってすまないね」
「それ」

 笑われてるのが癪に障って、リルムはエドガーの顔も確認する事無く左手の人差し指をテーブルの上に向ける。右腕を椅子の肘置きについて右手の上に顎を置く姿は彼女なりの反抗心だった。
 指先を辿れば、金色のリボンで巻かれた小さな箱。ゆっくりと近付いてきたエドガーが箱を手に取って、にっこりと「開けても?」と訊ねるので、「その為に持ってきたんでしょ」とご立腹の声でリルムは応える。

「……とても綺麗な、蒼だね。見たことが無い」

 しゅるりと紐解かれた箱の中からは、長い髪を纏めるためのアクセサリーが現れる。まるでその髪留め自体が宝石のように輝く蒼色に目を奪われて、しばらく無言で彼はそれを撫でたり見詰めたりしている。
 エドガーの感心を奪えた事にリルムは心でガッツポーズを作った。この数年、彼を観察していてわかった事がある。気に入ったものを見るとき、エドガーは“これはどう作られているのか”を確かめようと少し黙るのだ。

「天才画家のリルムさまは、ついにアクセサリー界のデザインにまで手を出しちゃったんだから」

 椅子から飛び降りるようにして、プレゼントを眺めるエドガーを嬉しそうな顔でリルムが覗き込む。ちら、と横目で彼の髪飾りを確認しては、今度こそと意気込んだ。

「去年は、美しいドマ伝統布染料、今年は貴金属デザインか。本当に君は末恐ろしいレディだね」
「その割には、去年あげたリボン使ってないみたいじゃん? 自信作だったんだけどなー」
「今日みたいな式典だと身なりも煩いのさ」

 

 苦笑いするエドガーに、毎年あげるリボンや髪飾りをつけて貰った事が一度も無い。「ありがとう、大事に使わせてもらうよ」と甘い笑顔を浮かべるが、その手は大切そうに扱った髪飾りを箱に戻していた。
 リルムは自分の首につけたチョーカーに指先で触れて、やはり着けて来なければよかったと少しだけ後悔した。

(あたしは、ちゃんと着けてるのに)
「さて、今日の式典はみんな来る事になっているからね。もうすぐ広間に集まってもらうけど準備は大丈夫かい?」

 話題を変えたエドガーに、「あたぼうよ!」と女の子らしくない応えを返す。その姿にエドガーが目を細めた。

「ゆっくり、顔が見られて良かった」


 通常より低いトーンで、それだけをリルムの顔も見ずに彼が言う。すると、今度はいつもの明るい調子で「私は用意があるからね、先に失礼するよ」と水色のマントを翻して彼はその部屋から立ち去るのだった。


第2話:砂漠の主が想うジレンマ

 

「…敵わないね」

 リルムが真実を知ったらどう思うのだろうかと彼は一人ごちる。自室に戻った彼が小さな箱を開けると、これで7つめの髪飾りがいれられた。蓋を閉めるのを少し躊躇ってから、瞼と一緒に彼は蓋を閉じる。

(男があげるアクセサリーは、自分の所有物だと自己主張したい為だけれど)

 リルムの首元に光る、彼女の誕生石があしらわれたチョーカーはとても彼女によく似合っていた。そっと思い出しては彼は自嘲の笑みを隠せない。
 自分の髪の先を男性らしい大きく形のいい指で掴めば、眉根を寄せて静かに睨み付けた。

「知ったら、どんな顔をさせてしまうかな」
(フィガロの男は聖職か心に決めた人間が出来る時に髪を短くする、なんてね)

 彼が髪飾りを着けられる様になる時、彼女からの髪飾りは着けられなくなっているという矛盾に、人知れず彼は溜息を就く。今年も模様替えした寝室は、フィガロの王族だけが使うことを赦されたロイヤルブルーと、草原の緑が基調になっている。緑の絨毯を踏みしめて、彼は自分の椅子へ腰を下ろし、背凭れに身体を預けて天井を仰いだ。

「君からの贈り物が嬉しいから、髪を切れない。髪を切ってこの贈り物がなくなったら、会えなくなるかも知れない」

 現に、こうして彼女は毎年エドガーに髪飾りを贈り物として届けてくれている。7年目にもなれば、もういい加減飽きても良さそうなものだが、彼は毎年どんな手段でエドガーを驚かそうと苦心して髪飾りを持ってくるかを楽しみにしているのだ。
 先程開けた箱の中を反芻する。最初はお気に入りの色が見つかったとはしゃいで持ってきた蒼色のリボン。二年目は自分で作ったんだとサマサの伝統織物を使った麻地を蒼に染めた髪留め。三年目は…。

(彼女に見えるところで着けて上げられればいいんだが)

 異性から贈られたアクセサリーを着けるのは、それがお互いの所有物である証を他人に示す行為。エドガーは自室に引きこもって書類作業をする時になど思い出したようにそっと着けている事が多い。

「髪飾りを着けるのが心に決めた人間がいない証明だなんて知られた日には、お姫様は笑うかもな」

 子供のようなジレンマだ、と式典までの僅かな時間を天井に顔を向けたまま眸を伏せて彼は過ごすのだった。

 


第3話:少女から踏み出す線引きは

「お、コール夫妻じゃん。今日も元気そうだわね、旦那が」

 リルムの言葉に、ロックが「化粧してるとか大人っぽくなったじゃん」と軽口で返す。セリスは苦笑しながら、二人がそのまま続ける楽しそうな軽口の応酬を見詰めていた。

「それにしても、今日が誕生日と違う式典だって聞いてきたのだけれど、リルムは何か知ってるの?」

 セリスの言葉にリルムは首を振って「知らない」と応える。普段はリルムから押しかける筈の誕生日も、今年は珍しく仲間全員が呼び出されたというのだ。リルムは、ようやくエドガーから呼び出したのだとばかり考えて自宅の招待状にはしゃいでいたのを
つまらなそうに思い出す。
 知らない、と呟いてから膨れっ面で黙るリルムに、セリスは以前とは違う穏やかな微笑みで「私も知らないのよ」と言葉を返した。

(せっかくその気になってくれたのかと思ったのに)

 昔の仲間が全員集まるというなら、リルムだけが特別扱いされているわけではない。フィガロ城についてからリルムは既に何人もの仲間達に出会っている。
 そういえばティナはどこにいったのかと広間で周囲を見渡したが、誰とも違う翡翠の髪色をした女性はどうしても見つけられなかった。

「それでは、皆様。この良き日にお集まり戴きました事をフィガロの太陽に感謝し、これから叙勲式を始めたいと思います」

 フィガロの大臣が朗々とした声でホールに響き渡らせると、広間内が段々と静まり返り始めた。そして、水色のマントに、荘厳な冠を着けた式典用の格好をしたエドガーが現れる。彼が現れてから、広間内は拍手で迎えられていた。
 こうして見ると、彼がこの国の王なのだとリルムは再確認する。どんなに天才と呼ばれようとも、超一流のアーティストと呼ばれようとも、出自が平民であるリルムとは全く違う世界に生きてきた人間なのだと。

(ホント、反則だよ)

 彼の王を務める姿を見るたびにリルムは思う。容姿端麗なエドガーの正装はいつにも増して威厳を感じさせる。それが格好いい絵本の中にある王子様のようだとも、手の届かない人間だとも。その姿を見ると、強く焦がれると共に、自分とは違うのだと線を引かれているような気分になって、焦燥感を募らせてしまうのだ。
 グロスを塗り直したばかりの下唇を噛んで、リルムは式典の内容を遠巻きに見詰める。他の仲間達は近付いて見ているが、リルムはあの姿であるエドガーにだけは近付きたくない。

(置いていかれる気がする)

 あの姿は彼の真実のひとつ。それでも、その事を認めてしまえばリルムにはもう勝ち目など見当たらないのだ。粛々と始まる式典を、立食式のテーブルから料理をつまみつつリルムは横目で睨みつけていた。
 もう一人の、主役が登場するまでは。