request [エドリル]
貴方が雨で、私が砂漠
(あたしに何が残ってると思う)
雨の日は嫌いじゃない、とリルムは思う。絵を描く以外に何も残されていない彼女を閉じ込めて、誰にも見せないように包んでくれる雨を、彼女は好きだと思っていた。
セリスのように年齢よりも人生経験が多いわけでもない。ティナなように特別な存在でもない。だからこそ、リルムは自分から絵を取ったら何もなくなってしまうような気がしていたのだ。
そんなリルムに後ろから声が掛かる。
「雨を見ていたのかい」
「…色男は、雨とか好きじゃなさそーだよね」
エドガーの声である事はリルムにも理解できたようだ。エドガーに一瞥をくれてから、リルムはまた窓へ視線を移す。
しとしとと、雨の音が窓の外で流れゆく。
「そんなことはないさ」
(ああ、話しかけないでくれればいいのに)
折角の雨の日は、一人で醜い自分を包んでくれるヴェールとなって守ってくれるはずなのにと、リルムは苛々を募らせた。
エドガーがそこに立っていれば、リルム一人を守ってくれる世界ではなくなってしまうからだ。そんな苛立ちを、彼女は思わずぶつけてしまう。
「ああ、雨だからって色んな女性を連れ込めるから?」
皮肉のつもりでそうリルムが言った。そうだと返事をして笑ってここを去ればいい。そうリルムの考えとは裏腹に、返ってくる声はとても厳かなものだった。
「……雨は、大地を癒す。渇き切った大地は貪欲に水を欲しがるだろう?人々の、願いだよ」
振り返れば、一瞬だけ目を細めたオアシスの瞳と、リルムのエメラルドがぶつかった。雨が恵みを齎したオアシス色の瞳が、雨の雲に憂いている。
(なんでそんなに)
悲しいと感じたのは、リルムの間違いだろうか。
雨に願いを託すのは、リルムだけではない。彼らフィガロ国民には悲願と呼べるものなのだとようやく彼女は思い至る。
茶化したのは自分の間違いだと自覚して、彼女は雨を想った。
「リルムも、砂漠なのかな」
ぼそりと呟いた言葉は、エドガーの耳に届かず、答えは帰って来ない。それでも、彼女は自分と同じ雨を望む人がいるのだと思うと、冷たい雨の当たる窓が暖かく曇るのを感じたのだった。