千年の空、鋼鉄の大地
[A long winter is exceeded.]

(2011ロック誕)

第3話~第4話



第3話:全てに終わりがあり、始まりがある

 

「どうするつもりなのよ」
「どうするつもりって?」

 セリスの言葉に鸚鵡返しに返事をしたロックの背中を、セリスは音が鳴る位強く叩き「誤魔化さないで」と視線を背けて拗ねたような表情で怒る。

「どうするのよ、あんなの世間ずれしたおじさんしか考え付かないわよ」
「お兄さんにまけてくれると嬉しいんだけど?」
「茶化さないで」

(こうやって、いつもはぐらかされるんだから)

 彼女は自分が置き去りに話を進められた事が寂しいのだ。ロックが何かを決める時、それは前々から計画されているのにも関わらず、彼女は後回しにされてしまう。
 それがセリスを思っての行動だといつも後で理解できるからこそ、彼女は自分の無力さに悔しくなってしまうのだ。

「そうそう、セリスにも頼みたい事あるんだけど」
「また、私が一番最後なんでしょ」
「そうとも言えないぜ?なんてったって、最後の切り札なんだからな」

 今まで怒りと悔しさで頬を染めていたセリスが、困ったように眉根を寄せてロックを横目で確認する。口を尖らせたまま「その手には乗らないわよ」ともう一度そっぽを向くと、ロックの右手がセリスの左手を掴んで絡め取った。
 議会の話し合いが遅くまで続き、翌日に持ち越されて二人は旧帝国が用意した宿へと帰りつく道で街灯の光に煙る紺碧の中を歩いている。

「大体、トレジャーハンターさんに監督なんて務まるの?」
「俺が、一所に腰据えられるわけないと思ってるだろ」
「もちろん」

 言ったな、とロックは繋いだ手を思い切り引き寄せてセリスの足元がもつれる。やめてよ、と抗議するセリスに、彼は少年が悪戯に成功した顔つきで抱きとめたセリスの頭を撫でた。

「いままで、地図作りで色々忙しかっただろ。その間、ずっと考えてたんだよ。これが何かに生かせないかってさ」
「世界製図、長かったようで短かったけど、楽しかったわね」

 彼らはケフカ討伐後に一年以上の年月を経て世界地図を作成していた。知る人が見れば、恐ろしく短期間で作成された地図は、飛空艇やドマの技術書、フィガロの測量技術などが駆使された為に予想に反して大変高精細なものである。
 ロックとセリスはそんな世界製図を終えて、ひと段落した所にベクタの議会に招かれたのだ。
 万感の思いを込めて、剣を振るう以外にも自分の生き方があると知った一年間をセリスが振り返る。ロックは瞳を閉じたセリスを自分の胸に抱いて言葉を続けた。

「地図を作りながら、みんなが、世界中を気楽に旅出来たらいいなって考えてたんだ」
「……答えは、出たの?」

 多分、もう答えは出ているのだろうとセリスは素直にロックの胸へ頭を預ける。胸の鼓動がいつもより早い事に気づいて、表情には出さなくてもロックが少し緊張しているのがセリスに伝わった。
 数秒間の空白の時間が流れて、ロックが小さく唾をのみこむ音が聞こえる。それに伴って、セリスも少しずつ心拍数を上げていく。

「……鉄道を、甦らせようと思うんだ」
「ドマにあった、あれを……?」

 製図の資料を借りる為に寄ったドマで見かけた鉄道に、ロックが感嘆していた記憶をセリスが引っ張り出す。甦らせると一口に言っても、そう簡単に行くものではない事は、大きな機関車の残骸を見てセリスにも理解出来ていた。
 だが、もし鉄道が世界中に敷かれる事になれば、ロックの言った通り世界中を誰もが楽に旅できる事になるだろう。

「エドガーはさ、世界中に映像配信器作りたいんだって言ってたんだ。世界中のニュースが、新聞以外でもどこへでも伝わるようにってさ。俺ら、案外考える事近いのかもな」

 ロックの言葉にくすくすと笑いを漏らしたセリスに片眉をしかめて、ロックが「笑ったな」と問い詰めれば「知らないわ、似た者同士だなんて」と言ってセリスが逃げる。
 軽やかな足取りで街灯を掴んでくるりとセリスが身を翻す。ロックがそれを追うと、セリスが笑顔で次の街灯の下でくるりと回った。
 素早く彼女の腕を捕まえて、ロックがセリスを引き寄せ自分の腕の中に閉じ込める。

「捕まっちゃった」
「世界一のトレジャーハンターから逃げられると思うなよ?」
「はいはい、そうでした。私の負けね」

 捕まえたのはロックなのに、何故かセリスが勝ったようなこの状況で、彼は顔をしかめる。納得がいかない顔で、ロックがセリスを見ると、セリスは楽しそうに笑った。

(こんな表情させられるのは、私だけだものね)

 強くセリスを抱きしめて、ロックがセリスの耳元に唇を近づける。早鐘を打ったような鼓動の音同士が、重なり合った気がした。

「俺、本気でやってみたいんだ。ドマにあったあの鉄道も、映像配信器ってやつも。世界中の、知らない所に誰もが行ける世界を、自分で切り拓いてみたい」

 静かに低く、決意した声がセリスの耳の奥で心地よく鳴り響く。両手は既に彼の熱がこもる背に預けてあった。
 アクアマリンの双眸を伏せて、金色の睫毛がロックの胸元に触れる。

(知ってたわ、あなたがこんな眼をする時の事) 

 ロックは、一度決めたことから背を向けたりしない。必ずそれを完遂するまで彼は立ち向かうのだ。
 例え、どんな障害があろうとも。
 ふと、ロックの亡き恋人の事を思い出して、セリスは寂しさを腹の下に飲み下した。

「俺だけじゃ、ベクタの人間は動かないかもしれない。だから、セリスが代表として率先してほしいんだ」
「でも、私は……」
「裏切り者なんかじゃない。誰より俺がよく知ってる」

 セリスの言葉を遮って、彼女を引き離した腕の強さが、ロックの瞳の真っ直ぐさが、セリスの心を射抜く。今の彼は、確かにセリス以外を映していない。
 それだけは、セリスにも理解出来た。

「……何を、すればいいの?」

 セリスも覚悟を決めて全ての疑問を飲み込んだ。

 


第4話:来年も、再来年も、千年後も


「守備はどうだい?」

 朝のベクタで顔を合わせたエドガーに、ロックが片目を瞑って合図を返す。それに肩を竦めて返したエドガーを見て、「つれないな」とこぼせば、「男に優しくしても意味がないだろう?」と返された。

「朝から仲の良い事」

 セリスが呆れて二人に向かって言えば、エドガーはお構いなしに朝からセリスへの賛辞を流れるように口にする。ロックが片眉をあげて見やるが、セリス自身が「はいはい」と気にした様子もないのでロックがそれ以上言及する事はなかった。
 議会で、昨日ロックが言った通りにドマから鉄道開発の話が、フィガロからは映像配信器の話が持ち上がる。宿に帰ってからカイエンとエドガーが二人の宿泊する部屋に集まってまとまった資料が全員の手に渡った。

「では、ベクタからも信頼の置ける者を監督者に置かせていただきたい」
(……来た。読み通りの展開ね)

 セリスが意を決して立ち上がり、「私がやります」と声に出す。周囲から言葉として聞こえないざわめきが響き始めた。

「(よくやった、セリス)」

 小声で囁かれたロックからの言葉は、セリスの意志を強いものにする。抵抗や反対を押し切って進めた将軍時代の自分を思い出して、セリスは自分の意志を強く持った。

「私はベクタ魔導工場育ちです。ベクタの民に不利益などもたらすはずがありません」
(今は、信頼できる仲間が居る。ロックが居る。だから、大丈夫……!)

 当然のようにあがる反対意見と賛成の声。どちらともつかずに決めあぐねている大臣たちにエドガーとカイエンが「彼女ならば信頼できる」と後押しをした。
 ベクタの中でも意見は割れているようだったが、何処の国にも属する事が無いロックと、元帝国将軍であるセリスであれば、監督者としては打ってつけである。ベクタ自体もこれ以上業務に割けるほど内情を知っている知己の人間が居ない事も更にそれを後押しした。
 散々協定内容で揉めた議会だったが、なんとかベクタの民間で回す所まで話は進められていく。スポンサーにジドール自治協会から、動くことが無いといわれたアウザーが名乗りを上げていたのだ。
 ようやく今日の会議を円滑に進める事が出来て、ロックとセリスは昨日より少しだけ早く宿へ帰りつく事が出来る。今日の議会の話題を話し合いながら、二人はにこにこと笑い合った。

「それにしても、リルムまで巻き込んでるとは思わなかったわ」
「だろ? やっぱスポンサーが居ての民間企業だしな。アウザー氏を巻き込むとなったら、天才画家様に一声かけろよって言われてたしさ。ま、後でエドガーがリルムのご機嫌でも取ってくれるだろ」
「ちょっと、私たちもちゃんとリルムにお礼するのよ?」
「わかってるって」

 ベクタに多い鉄のタラップを嬉しそうにロックがリズムに乗ってカンカンとブーツで鳴らす。「わかってるのかしら」と追いかけるセリスの足音も、鋼鉄のタラップを鳴らす音が弾んでいた。

「そういえばさ、魔導工場の近くに、シド博士が使ってた書斎と温室と、部屋があるだろ?」

 どうして知っているの、と問いかけてセリスが口を噤む。そんなことは散々話題になった魔導工場とその周辺施設の図面を見れば明らかな事だ。
 だが、どうしてここで話題になるのかを考えているうちにロックが身軽にカツンと鋼鉄特有の高い音を鳴らして180度身体を回転させて振り返った。

「俺たち、そこに棲まないか」
「……へっ?」

 思わずセリスの口から変な声が出てしまう。いままでも一緒に宿を取っていた二人だが、一緒にひとつの場所で生活するとなると話は全く違ってくる。
 突然降って湧いたようなロックの問いかけに、セリスは気が動転してうまく答えられない。そんなセリスを見透かしてか、ロックが言葉を続けた。

「もちろん、セリスにも言いたい事あるかもしれないし、返事は後でいい」
(こんな時くらい、少し強引でもいいのに)

 身勝手な事を心で思いながらも、最初に彼が地図製作に携わるまでの自分への言葉をセリスは思い返す。ロックと恋人になったその瞬間が、まるで遠い昔の事だ。
 一瞬セリスが天を仰ぎ、遠い空に千年も前にあるお伽話のような感覚でロックから告げられた想いを巡らせた。
 あの時も、彼女が逃げる道を作りながらロックは彼女と共に生きる道を示したのではなかったか。

(なら、今回も、追えばいいだけなのよね)

 心にそうひとつ決めた時、ロックが鋼鉄のタラップを少し後戻りして、セリスの真横に回る。そしてさりげなくセリスの耳元に唇を近づけると、こう呟いた。

「俺の誕生日、明日だから。いい返事、期待してるぜ?」
「―――……!」

 顔を真っ赤にしたセリスが、ロックの背中を叩こうと片手をあげるも、彼はするりと抜けてまた前へ走り出してしまう。

「……悔しいけど、完敗ね」

 今回に限って言えば、セリスに逃げ道などひとつも用意されていなかったのだ。セリスに黙って鉄道や映像配信機開発の話を進めていたのも、外堀を完全に埋めてしまうためだろう。
 だが、セリスの心は晴れ晴れとしている。なぜなら、彼女が一番大好きな鋼鉄のこの街で、ロックと暮らす事が出来るのだから。
 当のロック本人は、「誕生日だし、流れ星にでも願掛けしてみるかなー」と気楽な事を言いながら、どこの大地でもしていたように両腕を頭に回して星空を眺めている。

「……もう、知らないんだから」

 セリスは、そんなロックの背中を追いかけるように走り出す。
 飛びつくように彼の首へ腕を回して背へ飛び込んだセリスはひとつだけ心に誓う。

(今日の0時になったら、返事してあげるわ)

―――来年も、再来年も。

この鋼鉄の大地と千年の空の狭間で。


Fin